クリスマスの時期になると、思い出す物語があります。イギリスのチャールズ・ディケンズが1843年に出版・発表した物語です。何回か映画化もされました。1970年のイギリス映画(原題:スクルージ)がいちばん記憶に残っています。

今回このページを作るに当たり、原文といくつかの訳文を何度も読み返しました。読めば読むほど、作者が何を語りたかったのかが、分かってくるような気がします。

長く、読み辛い文かもかもしれませんが、1回といわず、何回か読んでいただけるとうれしいです。

では、どうぞ


クリスマス・キャロル

序文
 

 わたしは、空想の精霊を呼び出した、精霊のようにささやかなこの書で、読者の皆様が、ご自身でも、お互いでも、この季節でも、そして私自身も、不機嫌にならないように努めたつもりです。精霊が皆様の家を楽しく訪れ、誰も精霊を追い返すようなことがないことを願っています。


あなたがたの親愛なる友人でしもべのC.D
1843年12月


第一章 マーレーの亡

 マーレーは死んだ、これがそもそもの始まりだ。この事実にはまったく疑う余地はない。彼のお墓の記録に牧師も、教会の書記も、葬儀担当者も、喪主も署名しているから。スクルージももちろん署名した。そして、取引所では、スクルージの名前は、彼が署名するどんな書類にも有効だった。

 年をとったマーレーは、完全に(ドアネイルのごとく)亡くなっていた。

 でも、わたしはドアネイルと死がどう関係するのかを知っているなんて言うつもりはない。自分としては、棺おけの釘の方が同じような道具としてはよっぽど死に近いものだと思いたい。でも昔の人達の知恵からこの例えは生まれたもので、わたしのような輩の手がそれを汚してはならないということだろう。そんなことをしたら国はほろびてしまう。そういうことなので、マーレーは完全に(ドアネイルのごとく)亡くなっていたと、わたしが断固としてこう繰り返すのをどうか許してほしい。

 スクルージは、マーレーが亡くなっていたことを知っていたか? もちろん知っていた。知らないなんて事があろうか? スクルージとマーレーはわたしが何年とも分からないくらい長い間、共同の経営者だったわけだから。スクルージはマーレーのただひとりの、遺言執行者にして相続人、友人にして会葬人だった。ただスクルージはそのような悲しい出来事に気落ちしてしまわずに、葬式当日でさえ卓越した商人ぶりを発揮していた。確実な契約で葬儀を挙げたのだ。

 マーレーの葬式のことにふれたので、最初のお話にもどることとしよう。マーレーが死んだというのは疑いようのない事実だ。この事はちゃんと了解しておかなければならない。でないと、これからお話ししようとすることがなんら不思議な事ではなくなってしまう。もし劇を見る前にハムレットの父親が死んだことをちゃんと認識していなかったら、夜半に東からの風に吹かれて城壁を父親がさまよい歩くのは、そこらの中年の紳士が、臆病者の息子をびっくりさせるために、暗くなってからそよ風の吹く場所へ、そう、たとえばセントポール寺院の墓地へでも、ふらふら歩いていくのと、たいして変わりはなくなってしまう。

 そしてスクルージはマーレーの名前を消すことはなかった。その後何年も、事務所のドアの上には「スクルージ・アンド・マーレー」という看板がかかったままになっていた。この商会は「スクルージ・アンド・マーレー商会」として知られており、商会に始めてくる人がスクルージのことをスクルージとかマーレーとか呼んでも、スクルージはどちらの名前にでも返事をするのだった。名前などスクルージにとってはどうでもいいものだった。

 しかし彼はとてもけちでがめつい男だった、それはもう。スクルージ、そう彼は、搾れるだけ搾り取り、しめあげ、捕まえたらはなさず、ばらばらにして、握りしめ、貪欲な我利我利亡者だった。火打石ほどかたくなかつ冷酷で、ただこの火打石からは鉄をつかっても慈悲の火はおこせなかったことだろう。彼は秘密をこのみ、人付き合いが嫌いで、無口で孤独な性格だった。性格の冷酷さが姿にもあらわれていて、とがった鼻は凍りつき、頬にはしわが深くきざまれて、その歩みはぎこちなかった。そして目は血走り、薄いくちびるは青ざめ、耳障りな声で抜け目なく自分の意見を主張した。凍った霜が頭の上にも、まゆ毛にも、針金のようなあごにも降りつもっていた。彼の行くところは、どこも冷えきっていた。真夏でも彼の事務所は冷えきっていたものだったが、クリスマスだからといってその冷たさがとけるようなことは一度もなかった。

 暑かろうが寒かろうが、スクルージにはなんの関係もなかった。どんなに暖かい気候もスクルージを暖めることはなかったし、寒々とした気候も彼を凍えさせることはなかった。どんなに吹きすさぶ風でもスクルージほどの冷たさとはいえなかったし、降り積もる雪も目的への集中という点では彼にかなわず、どんなに激しく降る雨もスクルージほど無慈悲ではなかった。どんな悪天候も、スクルージにはかなわなかった。どしゃぶりの雨、雪、あられ、みぞれがスクルージを上回ることが出来るとすればただ一点だけだった。それは気前よく降ったが、スクルージにはけっしてそんなことはなかった。

 通りでスクルージ呼び止め、笑顔で「スクルージさん、ご機嫌いかがですか?いつ、 家に遊びにきてくださいますか」などと声をかけるものはいなかったし、物乞いでさえ小銭をせがむことはなかった。子供もスクルージには「今何時ですか?」とは尋ねなかった。男でも女でも、スクルージが生まれてこのかた、どこそこまでの道のりをたずねてきた者もいなかった。盲導犬たちでさえスクルージがどんな人かを知っているかのようだった。というのは、盲導犬たちはスクルージが近づいてくるのを見ると、飼い主を門や路地の方へと引っ張っていった。まるで「悪魔の目をもっているぐらいなら、目なんて見えない方がましですよ、ご主人様」とでも言ってるように尻尾をふるのだった。

 だがそんなことはスクルージの知ったことではない。それこそスクルージの望むところだった。人生の人ごみの中を人情なんて知ったことかと人をかきわけて進んで行くことこそが、スクルージにとっての関心事だったのだから。

 ある日、こともあろうにクリスマスイブにスクルージは事務所で忙しそうにしていた。寒々とした身も凍るような気候で、そのうえ霧も深かった、往来の人達が息をはぁはぁ吐き、胸をたたいたり、暖かくなるようにと敷石の上で足踏みをしている音がスクルージの耳にも入ってきていた。街の時計は三時を告げたばかりだったのに、すでにあたりは暗くなっていた、もっともその日は一日中陽がさしていたわけではなかったが。そして周辺の事務所の窓にもろうそくがゆらめいており、その様子はまるで手でふれることができるほどのとび色の大気に赤い染みがあるかのようだった。霧はどんな隙間や鍵穴からも流れこみ、外では濃くたちこめ、ごくごく狭い通りにもかかわらず道の向こう側の家々が幻影のように見えるほどだった。どんよりとした雲がたちこめ、あらゆる物を覆い隠していくのをみると、自然は身近にあって、大量の雲をつくりだしているような気がしてくるのだった。

 事務所のスクルージの部屋のドアは開けっぱなしだった。というのも、向こうの陰気で小さなまるで監房のような部屋で手紙の写しをとっている書記を監視するためだった。スクルージのところにもわずかながらの炭火があったが、書記の炭火ときたらあまりに小さく、ひとかけらの石炭といった程度だった。ただスクルージが石炭箱を自分の部屋においていたので書記は継ぎ足すこともできず、石炭のスコップをもってスクルージの部屋に入ろうもんなら、「われわれは一緒にはやっていけそうもないな」と言われる始末だった。そういうわけで、書記は白いマフラーをしてろうそくで暖まろうとしたが、そんな努力をしてみても、もともと想像力には恵まれているほうではなかったので、大して役に立たなかった。
「メリークリスマス、おじさん。神のご加護がありますように」明るい声が、スクルージの甥の声がした。ただあまりに突然にやって来たので、その声がしてはじめて甥が来たのに気づいたくらいだった。
「何を、ばかばしい」とスクルージは言った。

 霧と霜の中をあまりに急いでやってきたので、甥は体がすっかり暖まり全身をほてらせていた。頬には赤みがさし美しく、目を輝かせ、はぁはぁと白い息をはきながら「ばかばかしいですって、おじさん」と聞き返した。「どういう意味なんです? 僕にはわかりませんよ」 
「その通りの意味だよ」スクルージは言った。「メリークリスマスだと!なんの権利があってお祝いするんだ?どんな理由があってお祝いするんだ?そんなに貧乏なのに」
「それじゃ」甥は楽しそうに答えを返した。「なんの権利があってそんなに憂鬱にしてるんです?どんな理由でそんなに不機嫌なんですか?そんなにお金持ちなのに」 

 スクルージはとっさにはいい返事が浮かばなかったので、「何を」と言い、さらにこう続けた。「ばかばかしい」
「そう怒らないでくださいよ、おじさん」
「怒らずにいられるか。こんな馬鹿どもがいっぱいの世の中だぞ。 メリークリスマスだって、ちゃんちゃらおかしいわ。お前にとってクリスマスとは何だ。クリスマスなんてものは金もないのに支払いの勘定をしなきゃならん時じゃないか。また一年歳はとるがすこしばかりだって金持ちになってないのを確認する時じゃないか、帳簿をしめて、そのどの項目をみても一年の間中赤字だったことを知る時じゃないか。もしわしの思い通りになるなら」スクルージはかんかんに怒って言った。「『メリークリスマス』なんていってうかれている間抜けどもは、お祝いのプディングなんかと一緒に煮詰めてやって、心臓にヒイラギの棒でもつきさして埋葬してやりゃいいんだ。うん、そうするべきだ」 

「おじさん」と甥は言い返した。
「甥よ」おじは冷たく言い放った。「おまえはおまえのやり方でクリスマスを祝えばいい。わしはわしのやり方で祝うから」
「祝うですって」甥はスクルージの言葉を繰返した。「何にもやりゃしないじゃないですか」 
「それじゃ、そんなものはどうでもいいよ」スクルージは吐き捨てた。「クリスマスはさぞかしめでたいんだろうよ。そうだな、今までもさぞかしいい事でもあったんだろうな」
「世の中には利益を得ようと思えば得られても、敢えて利益を求めないこともたくさんありますよ」甥は答えた。「クリスマスはとくにそういうものじゃないですか。クリスマスがやってくるといつも思うんですが、神の名と起源に畏敬の念から離れて、クリスマスに属するもので畏敬の念から切り離せるものがあればですが、切り離せたとしても、クリスマスの時期はいいものだと思うんですよ。親切になり、許しあえ、慈悲深く、楽しい時でしょう。長い一年の暦のなかでも、男女が閉じきった心を開き、自分より目下の人達を、ぜんぜん違う旅路を歩んでいる別の生き物としてではなく、本当に墓場まで旅の道づれとみなす、唯一の時じゃないですか。それにおじさん、クリスマスがぼくのポケットに金や銀の切れ端ひとつ入れてくれたことがなかったとしても、クリスマスはぼくにとってはいいありがたいものですし、これからもそうでしょう。だから言うのですよ、神のご加護がありますように」 

 監房のような部屋にいた書記はおもわず拍手をした。がすぐにしまったと思い、火をかきまわし、最後の弱々しい火を完全に消してしまった。
「もう一度そんな音をさせてみろ」スクルージはどなった。「無職になってクリスマスを迎えることになるぞ」と甥の方をむくと、「口だけは達者だな。議員にでもなったほうがよかろうよ」と言い捨てた。
「そう怒らないでください、おじさん。明日は家にいらして僕らと一緒に食事しましょう」

 スクルージは、甥が地獄に堕ちるのを見たいものだと言った。確かにそう言った。そして自分が甥の家を訪問する前に甥がそのような恐ろしい目にあうのを見たいものだなと言った。
「どうしてなんです?」甥は叫んだ。「いったいどうして?」 
「どうしておまえは結婚したんだ?」スクルージは聞いた。
「彼女を愛したからです」
「愛したからだと!」スクルージはまるでその言葉が、メリークリスマスよりもっとばかばかしい言葉であるかのように吐き捨てた。「ではさようなら!」
「でも、おじさん、結婚する前だって一度も来てくれなかったじゃないですか。どうして今になって結婚したことを理由にするんですか」
「さようなら」 と、スクルージは言った。
「おじさんに何かしてもらおうなんて思ってませんよ。何かを貰おうとも思ってませんよ。どうして仲良く出来ないんですか?」 
「さようなら」と、スクルージは言った。
「おじさんがそんなに頑固なのは本当に悲しいことです。僕とおじさんは、一度だって喧嘩したわけじゃないでしょう、でも今回はクリスマスに敬意をはらって仲良くしてみようと思ったのです。だから最後までクリスマスの気持ちを忘れないようにしますよ。メリークリスマス、おじさん」
「さようなら」と、スクルージは言った。
「それによいお年を」
「さようなら」と、スクルージは言った。甥はこう言われたにもかかわらず、罵倒に類する言葉はひとつも言わず部屋を出ていった。外へのドアの前で立ち止まり、書記にもクリスマスの挨拶をした。書記は寒さに凍えていたが、スクルージより温かい心をもっていた。というのは心をこめて挨拶を返したからだ。 
「もう一人おるわい」スクルージは書記の声を聞いてぶつぶつ言った。「一週間に十五シリングの稼ぎで、妻と家族がいるのに、メリークリスマスなんて言っていやがる。わしも精神病院にでも隠遁した方がいいみたいだな」 

 頭がおかしいとスクルージが決め付けたこの書記は甥を送り出すと、二人の男を中に通した。二人は人のよさそうなかっぷくのいい紳士で、今は帽子をぬいでスクルージの事務所の中に立っていた。手には帳簿と書類をもち、スクルージにむかってお辞儀をした。 

「こちらは、スクルージ・アンド・マーレー商会さんですか」そのうちの一人が手に持った表を照合しながら言うと、「失礼ですが、あなたはスクルージさんでいらっしゃいますか、それともマーレーさんでいらっしゃいますか」と続けた。
「マーレーは亡くなってもう七年になりますよ」とスクルージは答えた。「七年前のちょうど今夜亡くなったのです」
「まちがいなくマーレーさんの物惜しみのない親切心は、共同経営者のあなたにも受け継がれているんでしょうな」紳士は委任状をさしだしながら口にした。 

 確かにそうだった。というのは二人は同じ性格だったからだ。「物惜しみない親切心」という不吉な言葉を耳にすると、スクルージは眉をしかめ頭をふり、委任状を返した。
「一年で一番おめでたい時期です、スクルージさん」紳士はペンを手にしてそう切り出した。「この季節にはいつもよりもっと貧しいものや困っている人への少しの施しがいただけるとありがたいんですが。かれらは今でもすごく苦しんでいるんです。何千もの人々が日用品にも事欠くありさまで、何十万という人たちがごく普通の生活を送れないのです」
「監獄がないのかな?」スクルージは尋ねた。
「たくさあります」紳士は、ペンをふたたび置きながら答えた。
「救貧院はどうでしょう?」スクルージは強い調子で尋ねた。「あれはまだちゃんと運営されているのですかね」
「ええ、まだ運営されてますよ」紳士は答えた。「私からすればもう運営されていないと申し上げたいところですが」 
「それに労役場や救貧法も活用されてるんでしょうな?」 
「どちらもさかんに活用されていますよ」 
「おお、最初にあなたがおっしゃったことからすると、そういったものがちゃんと働かなくなるようなことが何か起こったのかと心配しましたよ」スクルージはつづけた。「それを聞いてとても安心しました」
「そういった施設だけでは、多くの人たちにクリスマスの喜びを肉体的にも精神的にももたらすことがむずかしいということで」紳士は答えを返した。「われわれ数人が貧しいものにいくらかの食べ物と飲み物、燃料を買い与える資金を集めようとしているのです。われわれが今の時期を選んでいるのは、皆にとって、貧しさが痛感されるとともに、豊かさを享受できる時だからです。さて御寄付はおいくらにしましょう?」
「名前を書かないでくれ」と、スクルージは言った。
「匿名をご希望ですか?」 
「放っておいていただきたい」スクルージは言い放った。「わしが望むことを尋ねられたから、そう答えたまでだ。クリスマスにだってわしは楽しんじゃおらん。怠け者たちを楽しませる余裕なんかないよ。先ほどお話ししたような施設にもずいぶんお金をだしているんでね。もう十分な費用だ。暮らし向きの悪い人たちはそういったところに行くべきですな」
「そういったところに行かれない人も大勢いますし、そういったところに行くくらいなら死んだほうがましだと思っているものもいます」
「死んだほうがましなら」スクルージは即答した。「そうした方がよかろうよ。余計な人間も減るだろうし。それに、申し訳ないが、そんなことは知ったこっちゃないな」
「ご存知のはずですが」紳士は異をとなえた。
「わしには関係ないよ」スクルージも反論した。「自分の商売のことをやるので精一杯なものでね、他人のことまでかまっちゃおれんよ。いつも自分のことだけで手一杯だよ。ごきげんよう」

 自分たちの主張を言い張ってみてもどうしようもないことは明らかだったので、紳士たちは引き上げていった。スクルージはすっかり自分のことを誇らしげに思い、いつもより上機嫌で再び仕事をはじめた。

 その間にも霧と暗闇は濃さをまし、炎のゆらめくたいまつを手にした人々が馬車の馬の前を照らす仕事を得ようと走り回り、馬車の道案内をしていた。教会の古い塔、その荒々しい鐘はいつも壁のゴシック調の窓からスクルージを陰ながら見下ろしていたものだが、その鐘も見えなくなった。そして雲のなかで時間と十五分の間隔を知らせ、まるで向こうにある凍りついた頭で歯をがたがたならせているかのようにその後に余韻が響きわたった。寒さも厳しさをまし、大通りの路地の隅では、何人かの労働者がガス管を修理していて、大きな火を焚いていたので、そのまわりにはぼろぼろの服を着た男たちや少年の一団が集っていた。炎に手をかざし、目をぱちくりしながら、炎の前で大喜びしていた。水道栓はほっておかれたので、あふれた水はゆっくりと凍りつき、厭世的な氷のようになっていた。ヒイラギの枝や実がウィンドウのランプの熱でパチパチと音をたてているところの店の灯りは、通り過ぎる人々の顔を赤く照らしていた。鶏肉屋や食料品店は冗談かと思うような、はでな飾り付けがされ、これが取引や販売などといった当たり前のことと何らかの関係があるとはほとんど信じられないくらいだった。市長は公邸のなかで、50人からなるコックと召使に、クリスマスを市長の家として恥ずかしくないものにするように命じた。それにしがない仕立て屋でさえ、先週の月曜日に酔っ払って道で流血沙汰をおこして五シリングの罰金を課されていたが、やせた妻と赤ん坊が肉を買いに出かけている間に、屋根裏部屋で明日のプディングをかき回していた。

 霧もふかくなり、寒さもました。突きさすような、厳しい、身にしみる寒さだった。もし聖ダンスタンがいつもの武器をつかうかわりに、こんな天気で悪魔の鼻をつまんだら、悪魔は大声をあげたことだろう。小さな鼻の持ち主の子供が、犬が骨をかじるように空腹と寒さでさいなまれ、口をぶるぶる震わせながら、スクルージの事務所の鍵穴からクリスマスキャロル歌おうとした。
神のご加護を、陽気な紳士たち 
いつも心安らかでいられますように 、
と歌いかけただけで、スクルージがものすごい勢いで定規をつかんだので、歌っていた子供は恐れをなして鍵穴から離れ、霧の中、そしてよりお似合いの霜にまかせて逃げ出していった。

ついに事務所を閉める時間がやってきた。スクルージはしぶしぶ椅子から腰をあげ、監房のような部屋で待ち構えている書記にその事実を無言でみとめた。書記はすぐにろうそくを吹き消し、帽子をかぶった。
「明日は一日休みがほしいんだろうな」スクルージは切り出した。
「よければ」
「よくないよ」スクルージは答えた。「公平じゃないよ。休んだからって半クラウン給料をけずったら、不当な扱いを受けたとでも思うんだろう、そうだろう?」

 書記はかすかに微笑むだけだった。
「それに」スクルージは続けた。「おまえは、仕事もしないのに給料を払わなければならない私に不当なことをしたとは思わないのだ」

 書記は一年にたった一日のことだと反論した。
「毎年十二月二十五日に人の懐から金をかすめとろうとするにはまずい言い訳だな」スクルージは、立派なコートの襟までボタンをかけながら言った。「でもおまえは一日休まざるをえんのだろう。次の日はそれだけ朝早くから来てもらうぞ」

 書記はそうしましょうと約束し、スクルージはぶつぶつ言いながら外に出ていき、あっという間に事務所は閉じられた。書記は長く白い襟巻きを腰の下までぶらさげながら(コートを持っていなかったから)、少年たちの列の端につらなりながら、クリスマスイブを祝って、コーンヒルの滑り台を二十回は行ったり来たりしながら、目隠し遊びをするためにまっしぐらにカムデン・タウンの自宅へと急いだ。

 スクルージは行きつけの陰気な食堂で陰気に夕食をとると、いろいろな新聞を全て読み、自分の預金通帳をながめて退屈しのぎをしていたが、寝るために家に帰った。スクルージの住まいは、以前は、死んだ共同経営者が住んでいた部屋だった。そこは、中庭に面した、低い大きな建物の中の、陰気な、ひと続きの部屋だった。まるで小さい頃、他の家とかくれんぼをして走りこんだあげくに、隠れた場所から出る方法がわからなくなったのではと想像させるほど、不釣合いな場所にあった。ただその家はもうすっかり古くなり、荒涼としており、スクルージ以外は誰も住んでおらず、他の部屋は事務所として貸されていた。庭も暗く、石の位置までよく知っているスクルージでさえ、手探りしかねないところだった。霧と霜は家の古びた黒い玄関のあたりに立ちこめて、まるで天候の神様が入り口のところで深く考え込んでいるかのようだった。

 さて、入り口のノッカーはたいそう大きなものだという以外には、これといって特徴があるものではなかった。これは確かなことだ。またスクルージがそこに住んでいる間、朝夕にそれを目にしていたことは事実である。ただスクルージはロンドンのシティに住んでるいかなる人とも同じ位、いわゆる想像力というものは持ち合わせていなかった。大げさな言い方だが、行政に携わる人も市会議員も市民もふくまれていたといっていいだろう。もう一つ、スクルージはこの午後に七年前に死んだ共同経営者のことにふれただけで、それからは少しもマーレーのことには思いをはせることはなかったことは覚えておいていただきたい。では、どうしてスクルージがドアの鍵穴に鍵をさそうとしてノッカーをみると、マーレーに思いをはせることはなかったのに、それがノッカーではなく、いきなりマーレーの顔になっていたのだろうか。 誰か説明できる人がいればわたしに説明していただきたい。

 マーレーの顔。それは庭にある他の物のような漆黒の闇にあったわけではなく、陰気な光があたっていた。その姿はまるで暗い貯蔵室の古くなったエビとでもいうようなものだった。怒っているわけでも、恐ろしい顔つきでもなかったが、かつてのマーレーのようにスクルージを見つめ、幽霊のような額に幽霊のような眼鏡をのせていた。髪はまるで息がふきかけられているのか、熱気にさらされているかのように奇妙な動きをしていた。そして両目は大きく見開いていたが、微動だにしていなかった。その様子と、鉛色の肌が事態を恐ろしいものとしていた。が、恐ろしいのは、顔の一部分や表情というよりは、顔ではなく自身で顔を制御できないことのように思えた。

 そしてスクルージがじっとこの現象を眺めていると、それは再びノッカーへと姿をかえた。スクルージがまったく驚かなかったとか、小さい頃から味わったことのない恐ろしい感じを覚えなかったといえば、それは嘘になるだろう。でもスクルージはいったん放した鍵を握りなおし、しっかりと回して、室内に入り、ろうそくに火を点けた。

 ドアを閉める前には一瞬ためらい、最初にそのドアの向こう側を注意深く確認した。それはまるでマーレーの弁髪が廊下に現れることを半ば予期しているかのようだった。しかしドアの裏にはノッカーを留めているねじ以外は何もなく、スクルージは「は、は」といいながら、ばたんとドアを閉めた。

 ドアをしめた音は家中に雷鳴のように響き渡り、階上の全ての部屋、階下のワイン商の蔵のすべての樽がそれぞれに反響して響いたようだった。スクルージは反響に驚くような輩ではなく、ドアをしっかりしめ、廊下を歩き、階段を上って行った。ろうそくの芯をととのえながら、ゆっくりと歩いて行った。

 あなたがたは六頭立ての馬車が階段をさっそうと上がるだとか、最近議会を通過したひどい法案についてだとかについて漠然とお話しになるかもしれない。でもわたしが言いたいのは、この階段で霊柩車を上げることは可能だということで、横にして、馬車の横木を壁がわに、ドアを手すりがわにすれば、簡単だということだ。幅はたっぷりでまだ余裕があった。たぶんスクルージが、霊柩車が自分の前の暗闇を動いていくのを見たと思った理由はそんなことだろう。道路の六つほどのガスの街灯も入り口を十分照らしてくれることはなかったので、スクルージのろうそくだけではかなり暗いと思われた

 そんなことには少しもかまわずに、スクルージは階段を上がって行った。暗闇は安くつく、スクルージは安くつくことがなにより好きだった。ただ自分の部屋の重いドアを閉める前に、自分の部屋を回って異常がないか確認した。マーレーの顔を思い出して、そうしないではいられなかったのだ。

 居間、寝室、物置。すべてがいつもの通りだった。テーブルの下やソファの下に誰かがいるというようなこともない。暖炉には小さな火がくべられており、スプーンと深皿も用意されていて、おかゆの入った小さな深鍋が(スクルージは鼻かぜをひいていたので)暖炉の棚に置いてあった。ベットの下にも誰もいなければ、クローゼットにも壁に怪しげにかかっていた部屋着のところにも人の気配はなかった。物置部屋もいつも通りで、古いついたてと、古い靴、魚の籠が二個、三脚の洗面台、火かき棒があるばかりだった。 

 すっかり満足して、スクルージはドアを閉めた。そして錠をかけ、いつもはしないのに二重に錠をした。脅威に対して慎重に対処をしてから、ネクタイをはずし、部屋着に着替え、スリッパをはき、寝帽をかぶり、おかゆをすするために暖炉の前に腰かけた。

 火はとても小さなもので、これほど寒さが厳しい夜もなかっただろうに、スクルージはせいいっぱい火に近づいて、ほとんど覆いかぶさるようにでもしないと、これほどわずかな燃料では暖かさを感じることはできないほどだった。暖炉も古く、どこかのオランダ人の商人が作ったもので、古風なオランダのタイルがしきつめられ、聖書の絵が書かれていた。カインとアベル、ファラオの娘たち、シバの女王、羽布団のような雲に乗り天から舞い降りてくる天使たち、アブラハム、ベルシャザル、舟に乗って海へとこぎだした十二使徒、スクルージの想像力をかきたてる何百という姿があり、そしてマーレーの顔。七年前に亡くなったのに、古代の預言者の杖のように現れて、全てを飲みこんでしまった。もしそれらのなめらかなタイルが最初から真っ白で、想像していたばらばらの断片からその表面にある絵が形づくられるなら、全てのタイルにマーレーの頭が浮かぶことになっただろう。
「ばかばかしい」スクルージはそうもらすと、部屋を歩きはじめた。

 何度か行ったり来たりした後、ふたたび腰をおろし、椅子に頭をもたれかけた。視線はふと呼び出しのベルに、今は使われていないけれど、部屋についているものに留まった。それは、建物の最上階のある部屋と今は忘れられてしまった何らかの目的で、連絡をとるために使われていたベルだった。そして驚いたことに、薄気味悪いことにも、言葉にならないほど恐ろしいことだが、スクルージが見ているとそのベルがぶらぶらと揺れはじめたのだった。はじめはゆっくりと揺れていて、音がするかしないかといったところだった。ただ、だんだん音が大きくなり、しかも家中のベルが鳴り響いた。

 これは三十秒か一分ほどのことだったが、ただ一時間にも思われた。ベルははじまった時とおなじように全ていちどきに鳴り止んだ。まだ、カラン、カランという音が階下からは聞こえてきた。まるでだれかがワイン商人の蔵の樽に重い鎖をかけて、引いているような音だ。それでスクルージは、お化け屋敷では幽霊が鎖を引いているということを聞いたことを思い出した。

 蔵のドアがドーンという音をたてて開き、スクルージの耳にはその音は階下でいっそう大きく鳴り響いた。そして階段をのぼってきて、まっすぐ彼の部屋のドアのところまでやってきた。 
「まったくばかばかしい」スクルージはをひとりごとを言った。「信じやしないぞ」
ただすぐさま重いドアを通りぬけて、目の前に姿があらわれた時にはスクルージの顔から血の気が引いた。入ってくると、消えかかっていた炎が燃えあがり、それはまるで「知ってるぞ、マーレーの亡霊だ」とでも叫んだようで、炎は再び小さくなった。

 以前と変わらない、まったく同じ顔だった。弁髪のマーレー、いつものチョッキを羽織り、タイツを身につけ、ブーツをはいていた。ブーツの房飾りは弁髪のように逆立っていて、ひきずっていた鎖は腰あたりにからみついていた。長く、まるで尻尾のようだった。鎖は(スクルージがじっくりと観察したところでは)、金庫、鍵、南京錠、元帳、証書、鉄でつくられた頑丈ながまぐちなどで作られていた。マーレーの体は透きとおっていて、スクルージがよく観察すると、チョッキの向こう側が見え、上着の二つのボタンが見てとれた。 

 スクルージはマーレーには腸がないと聞いたことがあったが、今までそんなことは信じていなかった。 

 いや今でもそんなことは信じていなかった。目の前に立っている亡霊の姿を何度も何度も見返し、その死んだように冷たいまなざしでぞっとし、頭やあごに巻きつけられていた以前見たこともない折りたたまれたハンカチのようなものに注意を向けていたが、まだスクルージは信じられず、自身の感覚と戦っていた。 
「どうしたのかな」スクルージはいつも通り皮肉っぽく冷静に言った。「何かしてほしいのかい」 
「たんまりな」疑いなくマーレーの声だった。 
「おまえは誰だ」
「誰だったかと聞くんだな」 
「じゃあ誰だったんだ?」スクルージは声をあらげて尋ねた。「幻覚にしては、細かいことを言うね」という言葉につづけて、「厳格に」と言おうとしたが、場にそぐわないのでそれは控えた。
「生前は、おまえの共同経営者だった、ジェイコブ・マーレーだ」
「どうだい、座れるのかい」スクルージは疑わしそうに見つめながらもそう勧めた。
「座れるよ」
「じゃあ、どうぞ」

 スクルージがそう質問したのは、透明な亡霊が椅子に座れるのかがよくわからなかったからだ。無理だった場合には困惑した説明をうけなければならなくなると思ったわけだ。しかし亡霊は暖炉をはさんで反対側に座り、そうするのにはすっかり慣れているかのようだった。 
「私の存在を信じていないな」亡霊ははっきり言った。
「信じられん」スクルージは言った。
「君の目で見る以上にどんな証拠があれば私の実在が信じられるんだい?」 
「わからない」
「自分の目を疑うのかい」
「いや、つまらないことで影響をうけたりもするからな」スクルージは答えた。「胃の調子が少し悪くても幻惑されたりするし、おまえさんは消化しきれなかった肉の端切れとか、マスタードのしみとか、チーズのかけらとか、生煮えのじゃがいものかけらなんじゃないかい。何者だろうが、お墓と言うよりおなかの問題だな」 

 スクルージはふだんはジョークをとばしたりすることはなかったし、このときも決して心の中ではおどける気分ではなかった。本当のところは、平気を装ってみて、注意をそらし、恐怖心を抑えようとしていたのだ。亡霊の声はまったく骨の髄までしみわたるものだったから。

 座って、その微動だにしない目を見つめていると、いっときでも口をつぐんでいると身が破滅してしまいそうだと感じたのだ。亡霊が地獄のような雰囲気をかもしだしているところにも、どこか非常に恐ろしいものがあった。スクルージは自分でそう感じたわけではなかったが、まさしくそういった状況におかれていた。というのも亡霊はまったく動かないのに、その髪やコートの裾やブーツの房は、オーブンからの熱い蒸気にあおられているように揺れていたからである。 

「この爪楊枝は見えるのかい?」スクルージは、すぐさま攻撃的な態度で言った。なぜなら自分を石のように見つめている視線から逃れたかったのだ。 
「見えるよ」亡霊は答えた。
「見ていないじゃないか」
「見ていなくても、見えるんだよ」と亡霊は言った。
「それじゃ」スクルージは続けた。「ただこれを丸のみすりゃいいんだな。そうすりゃあとは自分でつくりだしたたくさんの化け物に悩まされるってわけだ。ばかばかしい。本当にばかげてるぞ」

 その瞬間、亡霊は恐ろしい叫び声をあげ、鎖を不吉なほどがちゃがちゃ揺さぶった。スクルージは気を失わないように椅子に強くしがみつかなければならないくらいだった。だが、亡霊が頭にまいていた布をまるで室内でこんなものを身につけているのは暑すぎるとばかりにとりさった際に、下あごが胸のところまでぶら下がったのを見た時には、スクルージの恐怖は頂点に達した。
 スクルージはひざまづき、両手を顔の前であわせた。
「お許しください」スクルージはもらした。「恐ろしい亡霊や、どうしてわしを苦しめるのだ」
「世俗にすっかりまみれたやつだな」亡霊は答えを返した。「私を信じるのか、信じないのか、どうだ」 
「信じます」スクルージは即答した。「信じますとも。ただいったいどうして亡霊がこの世を歩いたりしてるんです、どうしてわしのところにやって来たんですか?」 
亡霊が答えるには、「全ての人は内なる魂を同胞のあいだに広く歩きまわらせなければならないんだ、遠く広く旅しなければならないんだ。もし生きてる間にそうしなかったのなら、死んだ後にそうさせられることになる。この世をさまよい歩く運命になるんだ、ああ、なんてことだ! 生きている時なら分かち合えて、幸せになれたかもしれないのに、今となっては共に出来ない出来事を、ただ見ているしかないのだ」

 ふたたび亡霊は叫び声をあげ、鎖を揺さぶり、影のような両手を強く握りしめた。
「鎖でしばられているのは」スクルージは震えながら尋ねた。「どういうことなんだ?」 
「現世で鍛えた鎖でしばられてるんだ」亡霊は答えた。「鎖の輪をふやし、すこしずつ、伸ばしていったのだ。自分自身の意思で身につけていったんだ。自分自身が望んで、しばられたんだ。おまえはこの鎖に見覚えはないか?」

 スクルージはますます震え上がった。
「おまえは知っているのか」亡霊は続けた。「こんなふうにおまえ自身にきつく巻きついている重さと長さを。七年前のクリスマスイブにはこれくらいの重さと長さは十分あった、あれからも精を出して長くしているのだから、ずっしりした鎖だよ」

 スクルージは自分の身体にも五十や六十もあるような鉄の鎖が巻きついているのではと思って、あたりの床を見まわした。ただその目には何も見えなかった。
「ジェイコブ」スクルージは、哀願するように言った。「ジェイコブ・マーレーや。もっと話してくれ、慰めになるようなことを話してくれ、ジェイコブ」
「何もいえない」亡霊は答えた。「慰めというものは別の世界からやってくるものなんだよ、エベネーザー・スクルージ。別の使者が別の性質の人のところへ運んで来るんだよ。言いたいことはあっても、言えないんだ。私に許されているのは、あとほんのわずかだ。私には休息もなければとどまることもできないし、ぶらぶらしていることもできないんだ。私の魂は自分の事務所から一歩も外に出ようとしなかった、なんてことだ、生きているときには私の魂はお金を扱う狭い穴の中から這い出ようともしなかったのに、今は果てしない飽き飽きするような旅が続くのだ」

 考え込む時はいつも、ズボンのポケットに両手をつっこむのがスクルージの癖だった。亡霊が言ったことをよく考え、うつむいて、すわったままでそうしていた。
「とてもゆっくり旅をしているにちがいないな、ジェイコブ」スクルージは思いやりと敬意をこめながらも事務的な口調で言った。
「ゆっくりだよ」幽霊も繰り返した。
「死んでから七年」スクルージは思いにふけった。「そのあいだずっと歩き通しで旅をしていると」
「その間ずっとだ」と亡霊は言った。「休みもなく、安寧もなく。たえまなく良心の呵責に苦しめられながら」
「はやく旅はできないのか?」スクルージは聞いた。
「風のつばさに乗ればな」亡霊は答えた。
「七年じゃ、かなり遠くまで行ったんだろうな」

 亡霊はこれをきくと、また叫び声をあげた。夜の静寂のなかで鎖をものすごい音で揺さぶった。それは行政が騒音で訴えてもおかしくないくらいの勢いだった。
「ああ、囚われ、しばられ、二重のかせがかけられているものは」亡霊は叫んだ。「なんにも知らないのだ。この世では不滅の偉人による絶え間ない働きは、花開くはずの善が全てに広まるまでには、永遠の時を必要とするということを。小さな持ち場でいっしょうけんめい働くキリスト教徒の魂が、どんなものであれ、人生を有益なものにするには、限りある人生はあまりにも短いということを。。一生の機会を誤ったものは、どんなに後悔しようが償うことが出来ないということを知らないとは。なんてことだ、それが私だったんだ、そう私自身だったんだ」 

「でもおまえさんはいつも有能な商人だったじゃないか、ジェイコブ」スクルージは口ごもりながら言った、いまや自分にもそれをあてはめようとしていた。
「商売!」亡霊は両手を硬く握りしめて叫んだ。「人類のためになることこそが、私のやるべきことだったのだ。チャリティ、慈悲、寛容、博愛こそ私がやるべきだったことだ。私が商売でやっていた取引なんぞは、私がやるべきだったことの広大な大海のほんのひとしずくに過ぎなかったのだ」 亡霊はまるでそれこそが取り返しのつかない悲しみの源泉だといわんばかりに腕いっぱいに鎖をもちあげ、ふたたび床にどすんと放り投げた。 

「すぎゆく一年のこの時期には」亡霊はもらした。「私は一番苦しむのだ。なぜ人々の中を目を伏せて通りすぎたのか。 なぜ目を上げて賢者を貧しい家へと導いたあの大きな星を見なかったのか。 その光が私を導いてくれるような貧しい家はなかったのか」 

 スクルージは亡霊がこういった調子で語るのを聞いてとてもろうばいし、ぶるぶる震え出した。
「聞くがいい」亡霊は叫んだ。「私にはもう時間がない」
「聞きます」スクルージは答えた。「でもわしをいじめんでください。おおげさに言わないでください、ジェイコブ。お願いだから」 

「どうしておまえの前に目に見える姿で現れたかは、言えない。私は何日も見えない姿でおまえの側に座っていたんだがな」 

 それは気分がいいことではなかった。スクルージは身震いし、額の汗をぬぐった。 
「こうしているのも、決して楽じゃない苦行のひとつなんだ」亡霊は続けた。「私は今晩おまえに警告しにここにやってきたんだ。おまえには私と同じ運命からのがれるチャンスと望みがまだあるからな。私が君の為にもたらせられるチャンスと望みがあるんだよ、エベネーザー」 

「あなたはいつもいい友達だったよ」スクルージは言った。「ありがとう、ありがとう」
「おまえは」亡霊は口をひらいた。「三人の精霊の訪問をうけるだろう」スクルージの顔は亡霊とほとんど同じくらい精気がなくなった。
「それがあなたが言ったチャンスと望みなんですか、ジェイコブ」スクルージは口ごもりながら問いただした。
「そうだ」
「わしは、わしとしてはそのような訪問は不要なのだが」スクルージは言った。
「三人が訪問しなければ」亡霊は続けた。「私が歩んでいる道を避けることは望むべくもないな。最初は明日で、午前一時の鐘が鳴った時だよ」
「三人一緒に来てもらうわけにはいきませんかね、それで全部おしまいと、ジェイコブ」スクルージは提案した。
「二番目は次の晩の同じ時刻。三番目はその次の晩の十二時の鐘の最後の音が鳴りやんだ時に。私とはこれが最後だ、それから自分のために、私たちの間にあったことを忘れないように注意するんだ」

 これを言い終わると、亡霊はテーブルからほうたいを手に取り、前と同じように頭にまきつけた。スクルージにも下あごがほうたいでもちあげられて歯がカチリと鳴らした音でそれがわかった。思いきってふたたび目を上げると、超自然からの訪問者は直立姿勢で、鎖が体と腕にまきついた状態で彼と対面していた。 

 亡霊は後ずさりし始めた。一歩さがるごとに窓がひとりでに少しずつせりあがり、亡霊が窓のところまで来た時には大きく開いていた。亡霊はスクルージにこちらに来いと手招きをして、スクルージもその通りにした。お互いに二歩の距離のところまできた時に、マーレーの亡霊は手をあげ、それ以上近づかないように注意した。スクルージは立ち止まった。
マーレーに従ったというよりは、驚きと恐怖のあまりということだったが。というのも手をあげた時に、スクルージはなんともいえない音がひびくのを感じたからだ。支離滅裂な悲しみと後悔の入り混じった音だった。筆舌に尽くしがたい悲しみと自責の念。亡霊は一瞬耳を傾け、悲しみに満ちた歌に加わった。そして寒い、暗い夜へ漂っていった。

 スクルージは好奇心を抑えきれず、窓のところまでかけより外を見た。

 外には亡霊がたくさんいて、落ち着かない様子でうめき声をあげながらあちこちをさまよい歩いていた。どの亡霊もマーレーと同じような鎖を身につけていた。何人かは(罪を犯した政治家だろうか)一緒につながれていた。だれも鎖を身につけていないものはなかった。多くは生きている時にスクルージと個人的に面識があった。その中の老人の亡霊は特によく知っていて、白いチョッキを着て、足首に巨大な鉄製の金庫をつけていて、階段のそばにいる子供を連れた不幸な女性を助けられないことに嘆き悲しんでいた。かれらがみな悲しんでいることは明らかだった。人間の世界で善を成そうと求めているのだが、永遠にその力を失ってしまったのだ。 

 こうしたものたちが霧の中へと消えて行ったのか、霧がこうしたものたちを包み込んでしまったのか、スクルージにはわからなかった。でもその姿と声は同時に薄れていった。そして帰宅した時と同じような夜がやってきた。 

 スクルージは窓をしめ、亡霊が入ってきたドアを調べて見た。自分の手で施錠した時のまま二重に錠がかかっており、掛け金もそのままだった。スクルージは声にだしてみようとした。「ばかばかしい」と。でも気持ちが高ぶり、そうすることはやめた。1日の疲れか、目に見えない世界を見てしまったからか、夜更けだったからか、睡眠が必要だった。着替えもせず、まっすぐベットへ向かい、すぐに眠りについた。 



   第二章 第一の精霊

 スクルージが目を覚ました時、外はまだ暗く、ベットからでてみると寝室のくすんだ壁と透明な窓の区別がほとんどつかないくらいだった。探るような目で暗闇を見通そうとしたが、その時近くの教会の十五分ごとの鐘が四つめをしらせ、スクルージは何時なのかを聞きとろうとした。

 驚いたことに、荘厳なる鐘の音は六、七、そして七、八と鳴り続き、きちんと十二で終わった。自分がベットに入ったのは二時を過ぎていた。時計が狂ってる。中につららができたに違いない、十二時とは。

 スクルージはこのとんでもない時刻を修正するために自分の時計のネジをまわした。そのせわしげな小さな音は十二回打って、そしてとまった。
「なんだって、ありえないぞ」とスクルージはつぶやいた。「まるまる一日眠り続けて、次の日の夜になっただって。太陽に何か異変があって、今が昼の十二時なのか」

 そうだとしたら大変なことなので、ベットから飛び出ると、手探りで窓の方まで行った。部屋着のそでで霜をおとさなければ何も見えなかった。ただそうしてみても、ほとんど何も見えなかった。ようやく分かったことは、まだひどく霧がかかっていてとても寒いということと、もし夜が昼を追い払い、世界を支配しているとしたら間違いなく騒がしかっただろうに、あちこちを走り回っていたり、あわてふためいてる人の音は聞こえなかったということだ。これでまあ一安心というわけだ。というのも「この手形の一覧後、三日以内にエベネーザー・スクルージ、もしくはその指定人に支払うこと」などというのは、たんにアメリカが保証してくれるものにすぎなくなってしまうからだ。

 スクルージはふたたびベットにもどると何度も何度もそのことについて考えたが、結局考えはまとまらなかった。考えれば考えるほど、わけがわからなかった。そして考えないようにすればするほど、どうしても思いはそこへともどってしまうのだった。

 マーレーの亡霊は彼をひどく悩ませた。すべては夢だったんだと、じっくり考えて自分の中で考えがまとまるたびに、また強いばねがはじけるように最初にもどってしまい、またもや同じ問題を最初から考え初めてしまうのだった。「あれは夢だったのか、あるいはそうではないのか」

 スクルージがあれこれ考えていると十五分毎の鐘が三度鳴った。彼は突然、マーレーの亡霊が鐘が一時をしらせるときに訪問者があるということを警告したのを思い出した。そしてその時間まで眠らずにいることにした。眠ることは、天国に行くことと同じくらい不可能だったので、たぶん寝なかったのは一番賢明な方法だろう。

 それからの十五分はとても長く、無意識のうちにも眠りにつきそうになって、時計を聞き逃したのではと一度ならずも考えたほどだった。とうとうスクルージの耳にも鐘の音が響いた。
「ガラン、ガラン」
「十五分過ぎ」スクルージは数えながら言った。
「ガラン、ガラン」
「三十分過ぎ」
「ガラン、ガラン」
「あと十五分」
「ガラン、ガラン」
「時間だ」スクルージは勝ち誇ったようにもらした。「しかも何もでてこない」

 スクルージが言葉をもらしたのは鐘が鳴り響く前で、いま荘厳で鈍くどこかうつろで憂うつな鐘の音が響いた。するとたちまち、部屋に光がさし、ベットのカーテンが引かれた。

 彼のベットのカーテンが引かれた、敢えて言おう、手で。それも足や背中の方のカーテンではなく、まさしく目の前のカーテンだ。ベットのカーテンが引かれると、スクルージはいそいで身体を半分おこし、カーテンを引いたこの世のものではない訪問者と正面から向き合うこととなった。スクルージとの距離は、私と読者の皆さんと同じくらい近かった。そう、私も実は読者の皆さんの目の前にいるのだ。

 訪問者のすがたは奇妙なものだった。子供のようでもあり子供というよりは老人のようでもあり、何か超自然的な媒体を通して姿を現していたため、姿がうすれていき縮んで子供のように見えたのだった。髪は首と背中までたれさがり、老人のように真っ白だった。ただ顔にはしわ一つなく、肌は若い人のものだった。腕はとても長く、筋骨たくましかったし、手も同じで、まるでとんでもない握力を持っているようだった。そして足はとてつもなくきゃしゃで、腕とおなじくらいむきだしになっていた。真っ白な上着をはおっていて、腰のまわりには美しく輝くぴかぴかのベルトをしていた。手には新緑のヒイラギの枝をもち、それは冬のしるしにもかかわらず、服には夏の花がかざられていた。しかし何より奇妙だったのは、頭のてっぺんから煌々と輝くあかるい光が出ていたことだ。そのおかげでこうした一切のことが全部見てとれたのだ。そしてもっと光を弱めたい場合は、今は脇にはさんでいる、大きなろうそく消しを帽子のかわりに使うに違いなかった。ただスクルージがだんだん落ち着いて見てみると、このことでさえ一番奇妙とはいえなかった。というのは、ベルトのある部分がきらっと光ると、次には別の部分が光り、ある時は明るく次には暗くなったりした。だから全体の姿も変化して、今は片腕になった思うと、次の時には片足に、そして二十本足に、頭がない二本足に、体がなく頭だけになったりした。消えた部分は、深い闇の中に溶け込んでしまい、その輪郭を確認することも出来なかった。こういったことに驚いていると、もとのように輪郭のはっきりした姿になるのだった。
「あなたは、わしのところに現れると知らされていた精霊でしょうか」スクルージは尋ねてみた。
「そのとおり」

 声はやさしく落ち着いていた。すごく低い声で、まるですぐ側にいるのではなくずっと遠くにでもいるかのようだった。
「どなた、というかあなたは何者なのですか」スクルージはたたみかけた。
「過去のクリスマスの精霊だよ」
「遠い過去のですか」スクルージは、その小柄な姿を目にしながら尋ねた。
「いや、おまえの過去だよ」

 たぶん誰かに聞かれてもスクルージにもどうしてか説明できなかっただろうが、彼は精霊が明かり消しの帽子をかぶっているところを見てみたくなり、かぶってほしいと頼んでみた。
「なんだと」精霊は声をあらげた。「世俗にまみれた手で私の光をもう消そうというのか。おまえは、こういった帽子をつくった欲にかられた連中の一人で、その帽子をわたしに何年間も目深にかぶらせておいた一人なのに、また帽子をかぶらせるのか」

 スクルージはかしこまって、あなたの気に障ることをわざとしたり、自分としては精霊にむりやり帽子をかぶせようとするなんて考えたことはないと言い訳をした。それから思い切ってどうして自分のところにやってきたのかを尋ねた。
「おまえの幸せのためだよ」精霊は答えた。

 スクルージはとても感謝しているといったが、夜の眠りを邪魔しないでくれた方がどれだけ自分の幸せになっただろうかと考えずにはいられなかった。精霊はまるでスクルージの考えをよみとったように、すぐにこう言った。
「おまえの更正のためだと言ったほうがいいみたいだな」

 そして話しながら手をさしのべると、やさしく腕をまわした。
「立ち上がって、わたしと一緒に歩くんだ」

 スクルージが天候と時刻が歩き回るのにはふさわしくなく、ベットは暖かく温度計は氷点下をさしていたとか、薄着で、はいてるものといったらスリッパと部屋着と寝帽だけで、そのとき風邪をひいてるとなどといったところで聞き入れてもらえなかっただろう。手は女性のようにやさしかったが、とても抵抗できないものだった。スクルージは立ち上がり、精霊が窓の方へと行くのがわかると、上着をつかみ嘆願した。
「わしは人間だよ」スクルージは訴えた。「下に落ちてしまう」
「そこにわたしの手がふれるから我慢するんだな」精霊はそう答え、心臓の上に手を置いた。「そうすれば落ちることはないだろう」

 そういっている間にも、壁を通り抜け、かれらは左右に畑がひろがる田舎のひらけた道に立っていた。街は姿を消しあとかたもなかった。暗闇と霧も共に姿をけし、そこは澄みきった寒い冬の日であり地面には雪がつもっていた。
「すごい」スクルージはあたりを見まわし手を握り締めながら、声をあげた。「わしは子供のころここで育ったんだ、少年時代をここで過ごしたんだ」

 精霊はやさしいまなざしでスクルージを見つめた。その手の優しい感触は、軽く一瞬であったにもかかわらず、まだ年老いたスクルージの中に残っていた。スクルージは、さまざまな香りがあたりにただよっているのに気づいた。それぞれのさまざまな香りはさまざまな長い間忘れ去られていた思いや希望、喜び、気づかいに結びついていた。
「おまえの唇はふるえているな」精霊は言った。「その頬にあるのは何だ」

 スクルージはそれまでとははっきり違う声で、もごもごと、にきびだと答えた。そして精霊に行きたいところに連れて行ってくれと頼んだ。
「この道をおぼえているか」精霊は尋ねた。
「覚えている」スクルージは熱のこもった声で答えた。「目隠ししたって歩けるよ」
「なんだってこんなに長い間忘れていたのかな」精霊はつぶやいた。「さあ、行こうか」

 二人は道を歩いていった。スクルージはすべての門、ポスト、木を覚えていた。そして遠くのほうに橋、教会、曲がりくねった川がある、小さな田舎町があらわれた。毛むくじゃらの小馬が何頭かかれらの方に歩いてきて、その背中には少年が乗っているのが目にとまった。その少年たちは農夫が駆っている二輪馬車や荷馬車に乗っている他の少年たちに声をかけていた。そういった少年たちは元気一杯でおたがいにどなりあい、とうとう広い野畑が軽快な音にみちて、それを聞いたさわやかな大気が笑い出したかのようだった。
「これらはかつて存在したものの影にすぎない」精霊は語った。「だからわたしたちの存在には気づかないんだよ」

 陽気な一団がやってきて、スクルージはそのひとりひとりの名前をあげることができた。いったいどうしてかれらの姿をみてスクルージはこの上ない喜びを感じたのか? いったいどうしてその目は涙にぬれて輝いたのか、またかれらが通り過ぎていく時に心臓が躍り上がったのか。かれらがお互いにメリークリスマスと、辻やわき道で自分たちの家へと別れる時に声を掛け合うのが聞こえたのがどうしてこれほど嬉しかったのか。クリスマスが、スクルージにとってなんだというんだ。メリークリスマスだって。いままでクリスマスがスクルージになにかをしてくれたとでも言うのだろうか。
「みんなが学校からかえってきたわけじゃない」精霊は言葉をもらした。「一人ぼっちの、誰からも相手にされない子供が、まだ学校に残っている」

 スクルージは知っていると、うなずいた。そしてすすり泣いた。

 ふたりは大きな道をはずれて、よくおぼえている小道へと入っていった。するとすぐに色あせた赤いレンガでできていて、風見鶏がのっている丸屋根の鐘がぶらさがっている大きな建物についた。そこは大きな家だったが、破産した家だった。というのも広々とした部屋もほとんど使われておらず、壁はじめじめして苔がはえ、窓は壊れていて門も朽ち果てていた。鶏が小屋でコッコと鳴きながら、反りかえって歩いていた。馬車置き場や物置小屋は雑草でおおわれていた。そして室内にも昔の名残はなかった。荒涼とした玄関を入っていくと多くの部屋のドアが開きっぱなしで、のぞいてみると家具もほとんどなく、寒々しく広々としていた。土の臭いがして冷え冷えとしていた。朝早く起きてみたが十分な食べ物がない、そんな暮らし向きを連想させた。

 精霊とスクルージは玄関をよこぎり、家の奥のドアの前までやってきた。ドアが開くと奥行きのある殺風景で陰気な部屋が姿をあらわした。かざりもなにもない松材の椅子や机がいくつかならんでいるのが、いっそう殺風景な感じを与えていた。その机の一つに座って、少年が一人ぼっちで読書をしていた。そばにあった火は今にも消えそうだった。スクルージも椅子のひとつに腰をおろし、忘れていた可哀想な自分の姿を目にして涙をながした。

 家の中では物音ひとつも、壁のむこうでチューチュー鳴きながらネズミが動き回る音も薄暗い裏庭で雨どいから融けかかった水がもれる音も、しょんぼりしたポプラの葉のない大枝のため息も、空の倉庫のドアが無駄に開いたり閉じたりしているのも、また火がはじける音でさえ、そのどれもがスクルージの心を和ませ、そしてスクルージにとめどない涙をあふれさせた。

 精霊はスクルージの腕にふれると、熱心に本を読みふけっている昔のスクルージ自身を指さした。突然外国風の衣装をまとった男が窓の外に現れた。驚くほどはっきり見えた。ベルトに斧をはさみこみ、薪をつんだロバの手綱をひいていた。
「ああ、アリババさんだ」スクルージは感極まって言葉をもらした。「なつかしいアリババさんだ。そうだ、そうだ。あるクリスマスの日、あのひとりぼっちの子供がここでひとりっきりだった時に、アリババさんは、はじめてああいう風にきてくれたんだ。かわいそうな坊や、それからバレンタイン」スクルージは続けた。「それからあの乱暴な弟のオルソン。ほら、彼らが行くぞ。眠っている時に、股下をはいたままダマスカスの門のところに捨てられた、あの男の名前は何だっけ。見えるでしょう、あの男。それに守護神によってさかさまにされたサルタンの馬丁。ほらさかさまになっている。お似合いだよ。うれしいな。なんだってあいつがお姫様と結婚しなきゃならないんだ」

 スクルージが、そんなことに夢中になって、泣いたり笑ったりしながら、異常な声を出し、興奮しているのをロンドンの商売仲間が見たり聞いたりしたら、どんなに驚いたことだろう。。
「オウムだ」スクルージは叫んだ。「緑の体に黄色の尻尾、頭の上にはレタスみたいなものがついてる。あいつだ、可哀想なロビンソー・クルーソー。島を一周して帰ってきた時にオウムは言ったんだ、『ロビンソー・クルーソー、どこにいってたの』。ロビンソー・クルーソーは夢を見ていたのかと思っていたがそうではなく、実はオウムだったわけだ。ほら、フライデーもいる。入り江をめざして全速力で駆けている。おーい、おーい」

 それから急にいつもの様子とはうってかわって、昔の自分を哀れんでこうもらした。「かわいそうな子供だ」そしてふたたび泣き始めた。
「できることなら」スクルージはポケットに手をいれてつぶやいた。目をそででぬぐい、あたりを見回した。「でももう遅すぎる」
「どうしたんだい」精霊は尋ねた。
「なんでもないです」スクルージは答えた。「なんでもないんです。ただ昨晩ドアのところにクリスマスキャロルを歌っていた少年がひとりいて、なにかを恵んでやればよかったのにと。それだけです」

 精霊はおもいやりのある笑顔をみせ、「さて別のクリスマスを見に行こうか」といいながら手をふった。

 スクルージの子供の姿は一瞬にして大きくなり、部屋は少し暗くいっそう汚くなった。窓枠はちぢみ、窓にはひびがはいっており、漆喰のかけらが天井から落ちてきて、そのかわりに木がむきだしになっていた。ただいったいどうしてこういうことが起こったのかは、皆さんと同様スクルージにもまったくわからなかった。スクルージにわかっていたことは、それは全く間違いなく、すべてがその通りに起こったことであり、ここでも彼は、他の子供たちが楽しい休暇で家に帰ったのに、またもやひとりぼっちだったということだ。

 スクルージはこんどは本をよんでおらず、肩をおとしてうろうろ歩き回っていた。スクルージは精霊の方を見て、悲しげに頭をふり、心配そうにドアの方に視線を移した。

 ドアが開き、少年よりずっと小さな少女がかけこんできて、両腕を少年の首に回して、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と言いながら、何度もキスをした。
「わたしはお兄ちゃんを迎えに来たの」少女は小さな手をたたいたり、笑いころげながらそう言った。「お家に帰るのよ、お家に」
「家にだって、ファン」少年は答えた。
「そう」よろこびいっぱいの少女が返事をした。「お家にね、それもいつまでもずっと。お父さんは前よりずっとやさしいから。お家は天国みたい。お父さんがある素敵な晩に、寝るときわたしにやさしく話しかけてくれたから、わたしもおもいきってお兄ちゃんが家に帰ってきたらどうかしらってもう一回おねがいしてみたの。そうしたらお父さんはいいって言ったわ、帰ってこいって。で、わたしを馬車に乗せて迎えにやらせたの。お兄ちゃんは大人なんだからって」少女は両目を見開いてつづけた。「ここにはもう戻ってこなくていいのよ。でもそれより、いっしょにクリスマスを過ごせるのよ、世界中で一番のクリスマスをね」
「おまえはもうすっかり大人だね、ファン」少年は驚いたように言った。

 少女は両手をたたき笑い転げ、少年の頭にさわろうとした。でも背が低くて届かなかったので、また笑い転げ、つま先で立って少年を抱きしめた。それから子供みたいに一生懸命少年をドアの方へと引っ張って行き、少年もよろこんでそれに付いて行った。

 「スクルージ君の荷物をここへ持って来い」というものすごい声がホールに響き、校長先生自らがが姿をあらわした。校長先生は、恩着せがましく少年を睨みつけると、握手をしてスクルージを震えあがらせた。そして二人をまるで古い井戸の中といったような身震いするような客間へまねきいれた。そこはいつもぞくぞくするような感じで、壁の地図も、窓のところの天体儀と地球儀も寒さで青白く見えた。ここで校長先生は不思議なほどさっぱりしたワインと不思議なほどしつこいケーキをもちだしてきて、二人にすすめてくれた。それからやせこけた召使に御者にもグラス一杯のワインを持っていかせた。ただ御者はお礼は言ったが、前にいただいたのと同じならけっこうです、と答えた。この時にはスクルージのトランクも馬車の上に積みこまれ、子供たちは喜び勇んで、校長に別れをつげ、馬車に乗りこみ、楽しそうに庭をさっと通り過ぎていった。馬車の軽快な車輪は、常緑種の濃緑の葉っぱからスプレーのように白霜や雪をまきちらした。
「いつもはかなげな娘で、一息でふきとんでしまうほどだったな」精霊はそうもらした。「でも心は広い娘だった」
「その通り」スクルージは叫んだ。「まったくそうだ。わしも否定せんよ、ぜったいに」
「彼女は大人になって亡くなったが」精霊はつづけた。「子供が何人かいたと思ったがな」
「一人」
「そうだ」精霊は言った。「お前の甥だ」

 スクルージは心中おだやかでなかったようだったが、短い答えをかえした。「そうだ」

 その瞬間に二人はそうした人々をあとにして学校を離れ、街の人通りの激しい大通りにやってきた。その大通りでは影のような通行人が行き来をしており、影のような荷車や馬車が先を争っていた。そうした争いと騒ぎはまるで本当の街そのものだった。店のかざりをみれば、ここもクリスマスの時期であることは一目瞭然だった。ただもう夕方で、通りには街灯が灯っていた。

 精霊は、ある商店の前で立ち止まり、スクルージにここを知っているかたずねた。
「知ってるかだって」スクルージは叫んだ。「わしはここで丁稚奉公してたんだ」

 店にはいっていくと、ウェールズ風のかつらをつけた老人が高い机のむこうに座っているのが目に入った。もしもう二インチほども背が高かったら、天井に頭をぶつけたに違いない。スクルージは興奮して大声をだした。
「ああ、フェジウィッグさんだ。どうなってるんだ、フェジウィッグさんが生き返った」

 老フェジウィッグはペンをおき、柱時計を見上げた。それは七時をさしていた。両手をこすると、ゆったりしたチョッキを直し、靴の先から頭のてっぺんまで、全身で笑った。そして耳に心地よい、テンポのいい、ふかみのある、豊かで楽しげな声で名前をよんだ。
「おーい、ネーザーや、ディックや」

 過去のスクルージはもう若者になっていて、元気よくいっしょの見習いと部屋にはいってきた。
「確かにディック・ウィルキンだ」スクルージは精霊にささやいた。
「なんてことだ、そう、あいつに違いない。わしとどこに行くのでもいっしょだった。ディックだ、そうディックだ。ああ」
「さて、おまえたち」フェジウィッグは話しかけた。「今晩は仕事はおわり。クリスマスイブだものな、ディック、クリスマスだぞ。エベネーザー、店を閉めるんだ」フェジウィッグはぱんぱんと手を打ち、声を大きくした。「いますぐだ」

 そして見習二人がどれくらいすばやく取りかかったかは、みなさんには信じられないほどだろう。通りに戸板をもってとびだし、一、二、三、戸板をはめこみ、四、五、六、横木をわたし固定して、七、八、九、とみなさんが十二まで数え終わらないうちに競走馬のように息をきらしてもどってきた。
「でかした」フェジウィッグは叫ぶと、高い机からすばらしい身のこなしで飛び降りて、「片づけるんだ、お前たち。ここに広い場所をつくろう。そらそら、ディック。さあさあ、エベネーザー」

 片づけること。フェジウィッグがみていて、片付かないもの、あるいは片づけられないものは何もなかった。作業はすぐに終わり、動かせるものはまるで永遠にみんなの目前からなくなってしまうかのように片づけられた。床をはき水がまかれランプは調整され、暖炉には石炭が山のようにくべられた。お店は、気持ちのいい暖かなすっきりとした輝くダンスルームになった。冬の夜には申し分のない場所だった。

 一人のバイオリン弾きが手に楽譜帳を持って入って来た。そして、あの高い書机の所へ上って、そこを舞台にした。そして、五十人の胃病患者がうめくような音を立てて音合わせをした。フェッジウィッグ夫人は、満面に笑みを浮かべて入って来た。三人のにこにこした可愛らしいフェッジウィッグの娘が入って来た。その三人に心を悩まされている六人の若者が続いて入って来た。この店に使われている若い男や女もことごとく入って来た。お手伝いさんはパン屋をやっている、いとこと一緒に入って来た。料理番の女はその兄さんの特別の親友だという、牛乳配達と一緒に入って来た。主人から十分な食事を与えられていない、道の向こうの少年が、一軒置いて隣家の、こちらも女主人に耳を引っ張られたということが後で分かった少女の背後に隠れるようにしながら入って来た。一人また一人と、追い追いにみんなが入って来た。中には恥ずかしそうに入って来る者もあれば、堂々と入って来る者もあった。すんなりと入って来る者もあれば、不器用に入って来る者もあった。押して入って来る者もあれば、引張って入って来る者もあった。とにかくそんな風にして皆入って来た。たちまち彼等は二十組に分れて、踊り始めた。部屋を半分まわって、向こう側を通って元に戻ったり、部屋のまん中まで行って、戻ったりした。ぐるぐると回って様々な愛情深い組み合わせをつくった。最初に先頭に立った組は、いつも間違った場所に移動し、次ぎの組がそこにくると、新たな先頭になった。終いにはすべての組が先頭になり、それを助ける最後尾がいないありさまだった。踊りがこんな結果になった時、老フェッジウィッグは踊りを、手を叩いてやめさせ、大きな声で「上出来!」と叫んだ。すると、バイオリン弾きは、自分のために特別に用意された、黒ビールのかめの中へ火照った顔を突込んだ。が、その盃から顔を出すと、休んでなどいられるものかといわんばかりに、誰も踊っていないのに、直ぐさままた弾きはじめた。まるで、他の弾いていたバイオリン弾きが、くたくたになって戸板で運び出され、自分が相手を打ち負かすほどの腕を見せなければ、破滅だといわんばかりだった。

 踊りはさらに続き、罰金ゲームをやり、また踊った。ケーキ、ニーガス酒、大きなコールドロースト肉と大きな冷ました煮た肉がたっぷりあった。そしてミンスパイがあり、ビールがたっぷりあった。ただ、その晩の一番の盛り上がりは、コールドローストや煮た肉を食べた後の、バイオリン弾き(利巧なやつで、いわれなくても、ちゃんと自分の仕事を心得ていた)がサーロジャー・デ・カバリーを弾き始めた時だった。フェジウィッグは立ち上がり、夫人と踊り始めた。二人は先頭をつとめたが、自分たちのために用意された、かなり難しい曲に合わせて踊った。二十三、四組みが後に続いた。生半可じゃない人たちだった。踊ることに目がなく、歩こうなど全く考えない人たちだった

しかし踊っている人が倍でも、いや4倍でも、フェジウィッグと夫人は立派に張り合えたことだろう。夫人もありとあらゆる点から、フェジウィッグにひけはとらなかった。もしまだ誉めたりないというなら、もっといい誉め言葉を教えてもらいたい。フェジウィッグのふくらはぎは、まばゆい光を発しているようで、どんな踊りをしても月のように輝いていた。ある時には、次はどうなるのか、予想もつかなかった。フェジウィッグ夫妻がひととおり踊り終えた時、前にでて下がり、両手を取り合い、お辞儀をして、コークスクリューやスレッド・ザ・ニードルなんかをこなし、元の場所にもどった。フェジウィッグは空中で両脚をすばやく動かすカットをやって見せた。ものすごく上手なカットで、両足がウインクしたように見えた。そして、両脚で着地した時には、よろめきもしなかった。
 時計が十一時を知らせたとき、この家庭の舞踏会はお開きになった。フェジウィッグ夫妻はドアの両側の位置に立ち、一人一人全員と握手をかわし、メリークリスマスと声をかけ、見送った。二人の見習をのぞいてみんなが帰ると、夫妻は二人にも同じように握手をして、メリークリスマスと言った。こうして陽気な声は消え、店の奥のカウンターの下のベッドには、見習いの二人が残った。

 そうした間中ずっと、スクルージは放心した男のようだった。彼の心も魂も、その光景にとけ込み、かつての自分と同化していた。すべてのことが本当だと確認し、すべてのことを思い出し、すべてのことを楽しみ、不思議な興奮を味わった。かつての自分とディックの明るい顔がみえなくなってはじめて、精霊のことを思い出し、精霊が頭の上にとても明るいあかりを灯しながら、自分のことをずっと見ていたことに気づいた。
「なんでもないことだな」精霊はつぶやいた。「こうしたつまらないやつらをどんなに喜ばせたって」
「なんでもないだって」とスクルージは繰り返した。

 精霊はてぶりで二人の見習の言ってることに耳を傾けろと合図した。二人は心からフェジウィッグのことを褒め称えているのだった。それから精霊は言った。
「どうだい、なんでもないことじゃないか。あの男は数ポンドのお金を使っただけだろ。たぶん三、四ポンドといったところだ。これほど褒め称えられるのに値することかい?」
「そうじゃない」スクルージはその言葉に頭に血がのぼり、まるで今の自分ではなく、かつての自分であるかのように無意識に答えた。「そんなことじゃない、精霊さん。フェジウィッグさんはわしらを喜ばすことも悲しませることもできるんだ。仕事を軽くすることも重くすることも、楽にすることも辛いものにすることもできるんだ。その力が言葉や見かけだけだとしても、あまりにもちっぽけで些細なことなので、いちいち数えることができないとしても。フェジウィッグさんが与えてくれた幸福は、身代を費やすほどの価値があるものです」

 スクルージは精霊の視線を感じて、話すのをやめた。
「どうしたんだ」精霊は尋ねた。
「別に」とスクルージは答えた。
「どうかしているようだがね」精霊が言いはると、
「いや」と答え、こうつづけた。「別になんでもないが、今になって私のところの書記にも一言か二言かけてやれればよかったと思っただけです」

 スクルージがこの言葉を口にした時、かつての自分はランプの火を小さくした。スクルージと精霊はふたたび横に並んで外へと出て行った。
「時間がない」精霊は早口でいうと「急げ」と続けた。

 精霊はスクルージに向かって言ったのでも、その場にいる誰かに向かって言ったのでもなかったが、すぐさま効果があった。ふたたびスクルージは自分の姿を目にすることになった。以前より年をとり、青年になっていた。スクルージの顔には、後年に見られた、厳格さや厳しい様子が見られなかったが、不安で貪欲な兆候は見受けられた。目には何かを貪欲に得ようと、落ち着きのない様子があり、それはすっかり性格に根付いた情熱を示していた。それは成長中の樹木がいずれ影を落とすだろうところを示していた。

 スクルージは一人ではなく、喪服をきた美しく若い娘がそばに座っていた。その目は涙に濡れ、過去のクリスマスの精霊による光できらめいていた。
「なんでもないことだわ」娘は穏やかに言った。「あなたにとってはどうでもいいこと。他の幻想がわたしにとってかわっただけですもの。もしわたしがそうしようとしてきたように、これからはそれがあなたを元気づけ慰めてくれるなら、わたしが悲しむ理由はなにもないわ」
「どんな幻想が君にとってかわるっていうんだい」スクルージは口をはさんだ。
「お金よ」
「これが世間の公平なやり方か」スクルージはつづけた。「貧乏ほど世間がつらく当たるものはないのに、富を得ようとすると、これほど厳しい非難を受けるものはない」
「あなたは世間を恐れすぎているの」娘はやさしく答えを返した。
「あなたが持っていたあらゆる希望は、世間の非難をうけたくないということだけになってしまったんだわ。わたしはあなたの高い志がひとつひとつ無くなっていくのを目の当たりにしたもの。で、結局、儲けることだけでしょ、あなたの心をしめているのは。そうじゃない」
「だからどうだっていうんだい」スクルージは答えた。「ぼくが年をとってそれだけ賢くなったからといって、それがどうしたっていうんだよ。君に対する態度は変わらないじゃないか」

 娘は頭をふった。
「変わったとでもいうのかい」
「わたしたちの約束は昔のことだわ。貧しかったけど、それに満足し、一生懸命働いていれば、いつかは、世間並みの生活が送れると思っていた頃のことだわ。あなたは変わったわ。約束をした頃のあなたは、今とは別人だったわ」
「ぼくは子供だったんだよ」スクルージはじれったそうに言った。
「自分でも昔の自分ではないことは分かるでしょう」娘は答えた。「わたしは変わっていないわ。二人の心がひとつだった頃に幸せを約束してくれたものが、心が離れ離れになってしまった今となっては苦悩のもとよ。どれくらいたくさん、そして真剣にわたしがこのことを考えたと思う? 言いたくないけど。そのことを考えてあなたを自由にしてあげることににしたの。それで十分」
「ぼくが自由にしてくれって言ったかい」
「言葉では、たしかに一度も言ってないわ」
「じゃあ言葉じゃなければ?」
「性格がかわり、心がかわり、生活態度がかわって、最後に目指す希望が変わったことでよ。あなたからみて、わたしの愛をすこしでも価値がある貴重なものとしてくれた全てのものよ。もしそんなものが二人の間になかったとしたら」娘は、穏やかだがしっかりとスクルージを見てつづけた。「今のあなたは、わたしのことを探し求めてわたしの愛を得ようとするかしら? しないでしょう」

 スクルージはその推測が当たっていることを思わず認めてしまいそうだった。でもその気持ちを抑えこう答えた。「本気でそう思ってるわけじゃないだろう?」
「もしそうならどんなに嬉しいことでしょう」娘はそう答えると、「天は知っています。わたしがこの真実を知ったとき、それはもうどうにもならないものだと分かったの。もしあなたが、今日も、明日も、昨日も自由に行動できるとしたら、わたしはあなたが持参金をもたない女を選ぶなんてことは信じられないわ。どんなに親しい仲でも、なにより損得を大事にするあなたが。でも一時の気まぐれで自分の主義に反して、そういう女を選んだとしても、あとになってぜったいあなたが後悔してくやまないとはわたしには確信できないの。いやあなたは絶対後悔するわ。わたしはあなたを自由にしてあげます。あなたのことを思って、あなたのかつての愛のために」

 スクルージは口を開こうとしたが、娘の顔はスクルージを避けたままで、娘はつづけた。
「あなたもこのことで心を痛めるかも。過ぎ去った日々を思い出すとそうであってほしいと思うけど。でもほんの少し経てば、そんなことがあったことなど、思い出しもしなくなるでしょうし、その方がいいと思うようになるでしょう。儲けにならない夢なのですから、目が覚めてよかったときっと思うわ。あなたが選んだ人生が、どうか、幸福なものでありますように」

 娘はそう言ってスクルージのもとを離れ、二人は別れた。
「精霊や」スクルージは言った。「これ以上見せんでくれ。家につれて帰ってくれ。こんなにわしを苦しめて楽しいかい?」
「もう一つだ」精霊は断言した。
「もういやだ」スクルージは声をあらげた。「もう十分だ。見たくない。もう見せないでくれ」

 しかし容赦ない精霊はスクルージの両腕をつかみ、次に起こることを無理矢理見せた。

 二人は、それまでの場面とは違う、別な場所にいた。大して広くもなければ、立派でもない部屋だったが、快適そうな部屋だった。冬の暖炉の前には一人の美しい少女が座っていた。前の場面で見た少女ととてもよく似ていたので、スクルージは、今や美しい奥さんとなって、娘であるその少女と向かい合わせに坐っている彼女を見るまで、同一人物だと思っていた。この部屋は騒々しく、取り乱したスクルージにはかぞえられないほどの子供であふれていた。詩の中の有名な羊の群れとは違い、四十人の子供がひとりのように振る舞うのではなく、それぞれの子供が、四十分の振る舞いをしていた。そのため、信じられないくらいの騒々しさだった。ただ誰もそれを気にしている様子はなかったし、それどころか母も娘も心から笑顔をうかべており、とても楽しんでいた。娘の方は遊びの輪に加わり、情け容赦なく若い山賊たちに略奪されてしまった。仲間に入れるんだったら、なんでも差し出しただろう。ただあんなに乱暴にはしない、そう、決して。世界中の富と引き換えでも、あの編んだ髪をくしゃくしゃにしたり、ほどいたりはしない。あの小さなかわいらしい靴ときたら、わたしなら決してむりやり脱がせたりはしない。何ということだ。ふざけて彼女のウエストを測るなんて、ずうずうしい若造たちめ。わたしならそんなことは決してできない。そんなことをしようものなら罰として腕が曲がったままになって決してふたたびまっすぐになることはないだろう。でも、本当のことを言えば、わたしは彼女の唇にふれたかったのだ。彼女にいろいろ聞いて、唇を開かせてみたかった。顔を赤らめさせることなく、うつむいた目のまつげを見てみたかった。髪の毛をほどいて、波打たせてみたかった。あのちょっとの髪も、価値のつけられないほどの記念品だ。白状するが、そうわたしは、子供には軽く手に入る自由を手に入れ、そのくせその価値の重さを知り尽くした大人でありたかったのだ。

 だが、ドアをノックする音がすると、略奪が続いていたので、彼女は笑って着ているものはめちゃくちゃなままで、にぎやかな一団に囲まれてドアのほうへ行った。お父さんの出迎えで、お父さんはクリスマスのおもちゃやプレゼントをたくさんかかえて家に帰ってきたところだった。そして叫び声と供に先を争うように、無防備な運ぶ人へといっせいに襲いかかった。椅子をはしごにお父さんによじのぼり、ポケットをさぐるかと思えば、茶色の紙包みを奪い取り、ネクタイをひっぱり、くびまわりにしがみつき背中をたたき、お父さんの足を蹴ったりしていた。包みを開かれるたびに、驚きと喜びの喚声があがった。赤ちゃんがおもちゃのフライパンを食べちゃったとか、それからおもちゃの七面鳥を木のお皿ごと飲み込んじゃったみたいだなどという声があがった。これはすぐにぜんぶでたらめだってことがわかって安心したが、歓喜と感謝と興奮があった。どれも表現できないほどだが、子供たちとその感動は居間をでて、階段を一段ずつ上って最上階に行き、ベッドに入って、ようやく静かになった。

 スクルージは今までよりいっそう目を凝らして見た。この家の主人は娘がもたれかかるままにしながら、ゆったりと奥さんといっしょに暖炉のそばに座っていいた。そして、しとやかで将来が楽しみなあのような娘が、自分のことをお父さんなどと呼んでくれたら、自分の晩年である冬の人生を、春にしてくれたら考えると、視界が涙でかすんできた。
「ベル」夫は妻に笑顔で声をかけた。「今日の午後、君の幼馴染に会ったよ」
「誰かしら」
「あててごらん」
「わからないわ。あっ、分かった」彼女は夫と同じように笑いながら「スクルージね」とすぐさま言った。
「そう、スクルージさんだよ。事務所の窓のそばを通りかかったら、閉まってなくて、中にろうそくが灯っていたから、覗いてみたんだ。かれの共同経営者は今にも死にそうだと聞いたけどね。一人きりで座ってたよ。まったくのひとりぼっちじゃないのかな」
「精霊さん」スクルージは打ちひしがれた声で頼んだ。「ここから帰してください」
「これらは全部過去の影だと言ったと思うが」精霊は答えた。「お前が見ているものは、ありのままの現実であって、わたしに文句を言うのは筋違いだよ」
「帰してください」スクルージは叫んだ。「わしには耐えられん」

 スクルージは精霊の方に、振り向いた。自分を見ているその顔には、奇妙にも、それまで見せられた人々の顔の断片が、映し出されていた。それを見て、スクルージは精霊にかみついた。
「あっちへ行け、帰してくれ。もう消えてくれ」

 こうしてもめている時、目に見えるような抵抗をせず、相手が何をしようと、まったく動じない精霊とのことが揉め事といえるのならだが、スクルージには精霊の光がいっそう明るく光るようにみえた。その光が自分に何らかの影響を与えているのではないかと漠然と感じて、明かり消しの帽子をつかむと、とつぜん精霊のあたまにそれをかぶせた。

 精霊は帽子の下に沈み、帽子で体全体が隠れた。だが、スクルージは全力で抑えつけたが、光を消すことはできなかった。光は帽子の下から切れ目ない光の洪水のように地面に溢れでていた。
 スクルージは疲れ果てていて、どうしようもない眠気を感じた。それで自分が寝室にいることがわかった。帽子をもう一押しすると、手の力が抜けてしまった。そしてふらふらとベッドに入り、すぐに深い眠りについた。



   第三章 第二の精霊

 大きないびきをかいている最中にスクルージはとつぜん目をさまし、ベッドに起き上がり、考えをまとめていると、間もなく鐘が再び一時を告げるのがわかった。ジェイコブ・マーレーを通じて遣わされる第二の使者と会う特別な目的に合わせて、まさにちょうどよい時間に目がさめたものだと思った。だが、今度の精霊はどのカーテンを引いて入ってくるのかと考え始めたら、ひどくぞっとしてきたので、自分の手であらかじめカーテンをすべて脇に寄せてしまい、ふたたび横になって、ベッドのまわりを注意深く見回した。というのは、精霊が現れた瞬間からひるまずに立ち向かいたいと思ったし、不意をつかれて驚くようなことにはなりたくなかったのだ。

 何事にも抜け目なく、いつも臨機応変に対処することを自慢にしている無頓着な紳士は、コイン投げから殺人に至るまで何でもこなせるといって、どんな冒険でもできる能力をほこるものである。このような両極端の間には、確かに、ありとあらゆる物事がふくまれるといっていいだろう。スクルージがそれほどのことをするとは言わないが、不思議な物事の内の広範囲にわたり心構えができているし、赤ん坊からサイの範囲でなら、大して驚かないということは信じているといってもかまわないと思う。

 さて、ほとんどありとあらゆることに心構えが出来ていたが、スクルージは何も起きないということには準備が出来ていなかった。鐘が一時を告げても、何も起きなかった。スクルージは激しい発作で震えだした。五分、十分、十五分がすぎたが、何も起こらなかった。この間ずっとスクルージはベッドに横たわっていたが、そこは、時計が一時を告げた時、ベッドに射し込んだ炎のような赤い光の真ん中だった。ただの光だったが、スクルージにはそれが何を意味しているのか、何をしようとしているのか全くわからなかったので、何十もの精霊よりずっと恐ろしいものに感じられた。正体が分かればほっと出来るのに、何だか分からないので、自分が自然発火現象のめずらしいケースに遭遇しているのではなどと、ふと不安になった。しかし、ようやく彼は頭を働かせ始めた。わたしや皆さんなら最初に考えたことを。というのも、当事者には、何をしなければならないのか、分かりづらいものだから。やっと、スクルージはこの不思議な光がきている源と秘密が隣の部屋にあるのではないかと考え始めた。光をたどっていくと、そのあたりから発せられているようだった。そうとしか考えられなかったので、スクルージはゆっくり起き上がると、スリッパを引きずりながらドアのところまで歩いた。

 スクルージの手が錠にかかった瞬間に、不思議な声でスクルージの名が呼ばれ、中へと入るようにに命じ、スクルージはいわれる通りにした。

 そこはまちがいなく自分の部屋だったが、驚くべきほど変わっていた。壁や天井からは生き生きとした緑の木がたれさがり、まるで森の中のようだった。いたるところで、きらきらと明るくかがやく木の実が輝いていた。ヒイラギやヤドリギ、ツタの生き生きとした葉が光を反射し、まるで無数の小さな鏡が辺りに散らばっているかのようだった。煙突からは大きな炎がうなりをあげており、それはくすんだ化石のようなこの暖炉では、スクルージが住んでいる時にも、あるいはマーレーが住んでいた時、幾年もの過ぎ去った冬の間にも、ひさしくなかったような勢いだった。床には、七面鳥、がちょう、鳥獣、家禽、ブローン、大きな肉片、子豚、長い輪になったソーセージ、小さなパイ、プラムプディング、大量の牡蠣、焼いたクリ、真っ赤なりんご、新鮮なオレンジ、甘いナシ、公現祭前夜祭を祝う大きなケーキ、そしてボールで沸き立つポンチなどが、玉座のように積み上げられ、それぞれのおいしそうな湯気が部屋を満たしていた。そして長椅子には、陽気で、見るからに輝かしい巨人が、気持ちよさそうに坐っていた。豊穣の角にも似た光り輝くたいまつを手に持ち、そしてそれを高く掲げ、スクルージが部屋のドアから顔をのぞかせた時、その顔を照らし出した。「入って来い」精霊は声をかけた。「入ってきて、よく私を見るんだ」

 スクルージはおずおずと入ってきて、精霊の前で頭をたれていた。スクルージはもう以前のような強情な彼ではなかったので、精霊の目は澄んでいて優しさに満ちていたが目をあわせることはできなかった。
「私は現在のクリスマスの精霊だ」精霊は言った。「よく私をみるんだ」

 スクルージは敬意をはらって精霊を見た。白い毛皮で縁取られた、緑色の上着というか外套を一枚はおっていた。この服はからだに無造作にかけているだけなので、大きな胸はむき出しで、何かで守ったり隠したりするには及ばないとでもいうようだった。足は上着の大きなひだの下から姿をのぞかせておりやはりむきだしで、頭にはヒイラギの冠の他はなにもなく、その冠のあちこちには光るつららが下がっていた。暗褐色の巻き毛は長くゆったりしていたが、にこやかな表情も、輝いている目も、広げた手も、陽気な声も、くつろいだ態度も、朗らかな様子も、同じようにゆったりしていた。腰の周りには、古風な鞘をぶらさげていたが、刀は入っておらず、その古い鞘は錆びだらけだった。
「私のようなものは見たことがないだろう」精霊は語りかけた。
「見たことがありません」スクルージはそれに答えた。
「私の一家の若者たちと一緒に出歩いたことはなかったかな? といっても私が一番若いんだから、最近生まれた私の兄たちということだが」精霊はつづけた。
「そんな覚えはありません」スクルージは答えた。「なかったと思います。ご兄弟は多いんですかね、精霊さま」
「1800人以上はいるかな」
「食わせていくのも大変ですな」スクルージはつぶやいた。

 現在のクリスマスの精霊は立ち上がった。
「精霊さま」従順にスクルージは口をひらいた。「どこへでもわしを連れて行ってください。昨晩は無理矢理出かけましたが、教訓が得られました、今も胸に刻まれています。今晩もなにか教えてくださることがあるなら、私のためになるようにしてください」
「私の上着にふれるんだ」
 スクルージは言われたとおりにしっかりと上着をつかんだ。

 ヒイラギ、赤い木の実、蔦、七面鳥、がちょう、鳥獣、家禽、ブローン、肉、豚、ソーセージ、牡蠣、パイ、プディング、フルーツ、ポンチはすべてただちに消え去った。そして部屋も、暖炉も、赤い炎も消えてなくなり、時間も夜から、クリスマスの朝になって街の街頭に二人は立っていた。そこでは(寒さがきびしく)、人々が荒々しいが元気のある、気持ちのいい音をたてて、自分たちの家の前の道や屋根の上の雪かきをしていた。屋根から雪が下の道路にドシンと落ちて、ばらけて小さな吹雪ができあがるのを見て、少年たちは大喜びだった。

 屋根の上に積もった真っ白な一面の雪や、地面に積もってうす汚れた雪とくらべると、家々はかなり黒ずんでいて、窓はいっそう黒ずんで見えた。地面に積もった雪には馬車や荷馬車の車輪で深いわだちができていた。わだちは大きな通りが交差するところでは、何百となく交差しており、いりくんだ水路のようになっていて、黄色い分厚い泥や氷で跡をたどるのはむずかしくなっていた。空はどんよりして、小さな通りでさえ、半分融け、半分凍った、どんよりした霧が立ち込めていた。その霧の重い粒がすすけた微粒子となって降りそそぎ、まるでイギリス中の煙突がそろって火を吹き、心ゆくまで炎を燃え上がらせているかのようだった。天候や街のようすには心がうきたつようなところはどこもなかったが、それでもこの上なく晴れ渡った夏の大気や、これ以上ないほど輝いている夏の太陽がどれほどかきたてようとしてもできないような、楽しげな雰囲気があちこちにただよっていた。
 というのは、家の屋根の上で雪かきをやっている人たちは陽気で喜びに満ち溢れていたからだ。欄干からお互いに話しかけたり、時々ふざけて雪つぶてを投げあったりした。冗談を飛ばすよりも、はるかに効果的な飛び道具だった。当たったといっては大笑いし、当たらなくても同じように大笑いしていた。鶏肉屋はまだ半分開いていたし、果物屋はこの時とばかりに輝いていた。陽気な老紳士のチョッキのような形をした、栗の入った大きくまんまるな籠は、ドアにたてかけてあるものもあれば、栗を入れ過ぎたためにふくれすぎて、通りにまで転がったりしているものもあった。赤らんだ、茶色のまんまるとしたスペインタマネギは、スペイン修道士さながらに、丸々太って輝いていたが、通り過ぎる女の子たちに浮気心を出して、棚の上からウィンクしてみせたり、おどおどとつるされてるヤドリギの方をみつめたりしていた。ナシやリンゴは高々とピラミッドのように積み上げられ、ブドウの房は、店主の粋なはからいで目立つ場所にぶら下げられ、通りがかりの人たちの渇きを潤していた。苔のついた茶色のハシバミの実も山と積まれていて、その香りはくるぶしまで落ち葉にうもれながら歩いた楽しい散歩を思い起こさせた。ノーフォーク産のリンゴはずんぐりして色黒で、黄色のオレンジやレモンを引き立てていたが、実はひきしまったジューシーさで、どうか紙袋に入れてお持ち帰りいただいて食後に召し上がってくださいと懇願しているかのようだった。金色の魚や銀色の魚が、こうしたフルーツにまじって、ボールにいれられて飾られていた。頭がにぶく血の巡りの悪い種ではあるが、何が起きているのかわかっているようで、一匹残らず、ゆっくりと、少し興奮し、口をパクパクさせながら回遊していた。

 食料品屋、そう食料品屋は、戸を一、二枚ほど閉め、ほとんど店じまいをしているが、開いているすき間からは、さまざまな光景が見えた。カウンターの上で下りてきた天秤皿が陽気な音をたてたり、より糸が糸巻きからくるくるっと離れたり、缶詰がお手玉のようにガタガタと跳ねたり落ちたりしていた。紅茶とコーヒーのとても良い香りがただよい、レーズンは品質の良いものがたっぷりあり、アーモンドは真っ白で、シナモンはそれはまっすぐで長く、その他の香辛料もおいしそうな香りがした。砂糖漬けのフルーツは溶けた砂糖を塗った上にさらに塗りつけてあり、それには全然関心がない見物人でも気が遠くなり、しまいには怒り出すほどだった。さらには、イチジクはしっとりとやわらかで、フランス産のプラムは程よい酸味で、きれいに飾られた箱で顔を赤らめていて、なにもかもが食べごろでクリスマスの装いをしていた。だが、お客さんたちはみなこの日に浮かれて急ぐあまり、我を忘れて、店先でぶつかり合ってよろけ、買い物かごを乱暴にぶつけ合ったり、買った物をカウンターに忘れて、走って取りに戻ったり、そういった間違いを数限りなく繰り返しながらも、みな上機嫌だった。一方食料品屋の店主や店員たちは気さくで元気よく生き生きとしており、エプロンを後ろでとめているハート型の金具は、まるでみんなに見てもらいたいかのようで、お望みならクリスマスのカラスにつついてもらうためのようでもあった。

 しかしまもなく教会の尖塔の鐘が教会や礼拝堂へと善良な人々を呼び集めた、みんな精一杯着飾って通りへとあふれ、その顔も喜びにあふれていた。それと同時に横道、路地、名前もない曲がり角の至るところに、調理してもらう夕食の材料をパン屋に運ぶ数え切れない人々が現れた。そういった貧しい人々がうかれている姿はいたく精霊の興味をひいたようだった。精霊はスクルージとともにパン屋の入り口に立ち、食事を運ぶものがパン屋を通り過ぎる時に、その覆いをとると、たいまつから夕食へと香料をふりまいた。たいまつはふつうのものとは全く違ったもので、一度か二度、夕食を運んでいるものが乱暴に押し合い怒号がとんだが、たいまつから数滴しずくをふりかけると、たちまち機嫌が直った。そしてかれらは口々にクリスマスに喧嘩するなんて恥ずかしいことだね、と話すのだった。たしかにその通りだった。全くその通りだった。

 やがて鐘が鳴りやみ、パン屋も店を閉めた。だが、パン屋のかまどの上の融けた雪に濡れたシミになっているところには、持ち込まれたあらゆる夕食の材料や、それらが調理される様子が、ほんのりと映し出されていた。歩道からは、まるで敷石が焼かれているかのように、湯気が立ち上っていた。
「たいまつからふりかけていたのは特別な香料ですか」スクルージは尋ねた。
「あぁそうだよ、私の香りだよ」
「今日のどんな料理にも合うんですか?」
「心を込めて用意されたものなら何にでも。とくに貧しいものの食事にはね」
「なぜ貧しいものの食事に合うんでしょう?」
「いちばん必要としているからだよ」
「精霊さま、」スクルージはしばらく黙り込んだあとつづけた。「なんだってわしたちの世の中のすべての存在のなかで、よりによってあなたが、こういう貧しい人々の無邪気な喜びを制限したいと思っているのか、わしには全く不思議です」
「わたしがかい」精霊は声を大きくした。
「あなたは七日おきに人々が夕食を得る手段をうばってるじゃありませんか。とくにこういった夕食が必要な日に」スクルージは言った「そうじゃありませんか」
「わたしがかい」精霊は繰り返した。
「あなたがこうした場所を七日おきに閉めるようにしてますよね」スクルージは続けた「だから同じことになるんじゃないでしょうか」
「わたしがかい」精霊はさけんだ
「間違っていればお許しください。ただあなたの名において、少なくともあなたの一族の名において、そういうことが行われているのです」
「たしかにおまえたちの世の中ではそういうこともあるようだ」精霊は答えた。「われわれのことを知っていると主張し、自分たちの欲望やプライド、悪意、憎悪、ねたみ、偏見、身勝手さをわれわれの名のもとに行う者たちがいるが。われわれも、われわれのすべての一族も、その者たちは存在していないに等しく、無関係なのだ。いいか、その者たちのしたことについては、その者たちを批判してもらいたい。われわれではなくてね」

 スクルージはそうすることを約束し、二人は先をいそいだ。前といっしょで姿は見えなかったが、街の郊外へと歩いて行った。精霊のすばらしい能力で(スクルージはすでにパン屋で目にしていたが)それほどの巨体にもかかわらず、どこにいてもさして苦もなく体をあわせ、天井の低い屋根の下でも、まるで天井の高いホールにいる時のように、優雅で神秘的な存在として立ち振る舞うことが可能だった。

 おそらく善なる精霊がまっすぐスクルージのところで働く書記の家へ連れて行ったのは、自分の能力を誇示するのが楽しかったからか、あるいは優しい、思いやりのある、親切な性質と、貧しい人々への同情からだったのだろう。精霊は、スクルージを上着につかまらせて、そこに連れて行った。そして入り口の敷居のところで微笑み、立ち止まってボブ・クラチェットの住まいをたいまつを振って祝福した。考えてもみれば、ボブは週に十五ボブ(シリング)を稼ぐだけだった。土曜日毎に自分と同じ洗礼名のものを十五枚手に入れるだけだ。だが、現在のクリスマスの精霊は、彼の四つの部屋の家を祝福したのだった。

 その時、クラチェットの妻は立ち上がり、妻は二度も裏返したガウンを羽織って、それは粗末なものだったがリボンをつけ飾っていた。リボンも安物だったが、六ペンスにしては見栄えがよかった。同じようにリボンつけていた二番目の娘のベリンダ・クラチェットの助けをかりテーブルクロスをかけると、そのとき息子のピーター・クラチェットは、じゃがいもを煮ていた鍋の中にフォークを突っ込み、やけに大きなシャツの襟の両端をくわえながら(そのシャツはボブの物だったが、クリスマスのお祝いにと、跡継ぎの息子に与えたものだ)、きちんと礼装したのが自分ながらにうれしくて、ファッションに関心のある人々が集まる公園に行って、シャツをみせびらかしたくてたまらなかった。そこへ、クラチット家の二人のちびっ子、男の子と女の子が駆け込んできて、パン屋の外でガチョウの焼ける匂いがしたけど、うちのがちょうだよ、と大声で叫んだ。ぜいたくなサルビヤやたまねぎが食べられると思って、子供たちはテーブルの周りで踊り、ピーター・クラチェットを大いにをほめそやした。ピーター・クラチェット(自慢するでもなく、またカラーで窒息しそうでしたが)は、ゆっくり煮えるじゃがいもが沸騰して、外に出して皮をむいてくれと、なべのふたをたたいて煮あがるまで、火を吹いていた。
「お父様はどうしたんだろうね?」クラチェット夫人は話しかけた。「それにおまえの弟のちびっこティム。それにマーサは去年のクリスマスは三十分も遅れなかったのにねぇ」
「マーサよ」そう言いながら、少女が姿をみせた。
「マーサが来たよ」二人のちびっ子がさけんだ。「バンザーイ、すごいガチョウだよ、マーサ」
「おやまあ、遅かったことね」母親はそういうと、何度も娘にキスをして、おせっかいなほどにショールや帽子をぬがすのを手伝った。「昨日の晩は仕上げなければならない仕事がたくさんあったし」娘は答えた。「それに、今朝は後片付けをしないといけなかったの、お母さん」
「まあまあ、来てくれたんだからもう気しなくていいわ」母親は答えると「暖炉の前におかけなさい、あったまるのよ」
「だめ、だめ、お父さんが帰ってきたよ」どこにでも姿をあらわす二人のちびっ子がそう叫ぶと「隠れて、マーサ、隠れて」

 マーサが隠れると同時に、房をのぞいて長さが少なくとも三フィートはあるマフラーを前にたらしながら、小柄な父親のボブが帰ってきた。すりきれた服はつぎはぎだらけだが、クリスマスにふさわしくよくブラシがかかっていた。ちびっこティムは肩車をしてもらっていた。かわいそうに、小さな杖を持ち、両足を鉄製の器具で支えていた。
「おや、マーサはどこだい」ボブ・クラチェットは、あたりをみまわしながら声を大きくした。
「まだ帰ってこないのよ」とクラチェット夫人は答えた。
「帰ってない」ボブは、上機嫌からすっかり落ち込んだというように言った。教会からの道すがらずっとティムを肩車し、飛ぶようにして家にかえってきたのだから。「クリスマスだというのにまだ帰ってきてないんだ」

 マーサは、冗談にせよ父親ががっかりしているところを見ていられなかった。そこでクローゼットのドアの陰から早々に姿をあらわし、父親の胸にとびこんでいった。そうこうしている間に二人のちびっ子はちびっこティムを急かして、プディングが蒸されている音を聞かせるために台所につれていった。
「で、ティムはどんな風でした?」と、クラチット夫人は、先ずボブがだまされやすいのを冷かし、ボブが思う存分娘を抱きしめるのを見てから、こう尋ねた。
「黄金のようにすばらしかった」ボブはそう言うと「いやもっとだ。一人でずっと座って、何か考え込んでいるんだ。思いもつかないことを考えてた。帰り道で私に言ったんだ。教会でみんなに自分のことを見てほしいと思ったってね。あいつは足が不自由だろ、だからみんながクリスマスに足が不自由な人が歩けるようになって、目が見えない人が見えるようになったっていうのを思い出してくれれば、幸せな気分になるんじゃないかっていうんだ」とつづけた。

 ボブの声は話しながら震えていて、そしてちびっこティムが元気でたくましく育っていると言った時には、その声はもっと震えた。

 床に杖の音がコツコツと響くと、次の言葉を言い出す前に、ちびっこティムが兄と妹に付き添われて暖炉の前の自分の椅子にもどってきた。一方ボブは袖口をまくりあげ(その袖口のみじめなこと、あんなにぼろぼろになるものだろうか)、ジンとレモンをまぜて温かい飲み物をつくり、よくかき回してから、煮立たせるために暖炉の中の台の上に置いた。ピーターとどこにでも顔をだす二人のちびっ子はガチョウを取に行き、すぐに興奮したあしどりで戻ってきた。

 そうした騒ぎをみると、ガチョウがあらゆる鳥のなかでもっとも貴重なものだと思うほどだ。羽の生えた不思議な生き物、これに比べれば、黒い白鳥などありふれていた。実際、この家では、ガチョウはその通りの鳥だった。クラチェット夫人は肉汁(小さな鍋で前もってつくっておいたもの)をぐつぐつ煮た。ピーターはこれでもかといわんばかりの力でポテトをつぶした。ベリンダはアップルソースを甘く煮詰めた。マーサは暖かくしたお皿をふき、ボブはちびっこティムを自分の横のテーブルの端に座らせた。二人組みのちびっ子はみんなの椅子を並べ、もちろん自分たちの分も忘れずに。二人は席について、見張りながら、ガチョウをよそってもらうのを待ちきれず、叫び声をあげまいとしてスプーンを口に突っ込んだ。とうとうすべてのお皿がでそろい、食前のお祈りも終わった。クラチェット夫人が肉切用のナイフをじっくり見つめ、ガチョウの胸に突き刺そうとすると、みんなは息を止めたように静かになった。ただじっさいに突き刺し、待ちに待った詰め物がでてきたときには、食卓のまわりから一斉に喜びのささやきが聞こえ、ちびっこティムでさえ、例の二人組につられて、ナイフの柄でテーブルをたたき、か弱い声で万歳と叫んだりした

 かつてないほどのガチョウだった。ボブは、こんなにすばらしく料理されたガチョウは見たことがないと言った。そのやわらかさ、風味、大きさ、値段の安さなど誰もが感嘆するものだった。アップルソースやマッシュドポテトを添えると、家族全員にじゅうぶん過ぎるほどの量の夕食だった。実際、クラチェット夫人(お皿の上の小さな骨のひとかけらをみやりながら)が嬉しそうに言ったように、とうとうそれを全部食べきれなかった。しかしみんな満足したようで、特にちびっ子たちは、セージやオニオンまみれになっていた。そこでベリンダがお皿をかえ、クラチェット夫人は部屋を一人で出て行った。プディングを取に行くためだが、気が気でなかったので、誰にも見られたくなかったのだ。

 上手くできていなかったら。取り出す時にくずれてしまったら。みんながガチョウに夢中になっている時に、裏の塀を乗り越えて誰かが盗んでいったら。クラチェットのちびっ子たちが怒ってしまいそうな、ありとあらゆる種類の恐怖が思い浮かんでくるのだった。

 うあー、すごい湯気だ。プディングは鍋から出され、洗濯をしたときのような香りがした。布の香りだ。食べ物屋とお菓子屋が隣あわせになっていて、さらにその隣に洗濯屋があるような香りだった。まさにプディングだった。すぐさまクラチェット夫人は、顔をほてらせ、誇らしげに微笑みながら、プディングを運んできた。そう、四分の一パイントの半分の、そのまた半分のブランデーで火が燃え、クリスマスのヒイラギが一番上にかざられている、まるでまだらの砲弾のように硬くしっかりしたプディングが運ばれてきた。

 ああ、なんてすばらしいプディングなんだ。結婚してからまちがいなく一番の出来のプディングだ。ボブ・クラチットは、静かにそう言った。夫人も肩の荷が下りたといい、じつは粉の量が心配だった打ち明けた。誰一人、大家族には小さすぎるプディングだとは言わなかったし、考えもしなかった。いたとしたら、まったくの異端だった。クラチット家の者ならそんなことをほのめかすだけで顔を赤くしただろう。

 とうとう夕食は終わった。テーブルクロスも片付けられ、暖炉も掃除し、火がたかれた。陶器製の容器に作った飲み物を味見すると、申し分なかった。リンゴとオレンジがテーブルの上に、シャベル一杯のクリが暖炉の火の上におかれた。それから家族全員で暖炉を囲み、ボブの言う「輪」、実際には半円だったが、になった。そしてボブ・クラチェットのひじのあたりには、家中のガラス容器、二つのタンブラーと取っ手のないカスタードコップが並んでいた。

 温かい飲み物は、これらのグラスに注がれたが、そのグラスは、まるで黄金のゴブレットであるかのようだった。ボブが喜びに充ちた顔で注いだ間、暖炉の火にかかったクリはパチパチと大きな音をたてていた。そしてボブが口を開いた。「メリークリスマス、神のご加護がみなにありますように」

 家族全員が復唱した。
「神のご加護がみなにありますように」、一番最後にちびっこティムが言った。

 ティムは父親のそばの小さな椅子に腰掛けていて、まるで愛している息子をいつまでもそばにおいておきたいのに、どこかに連れ去られるのを恐れているかのように、ボブはティムの弱々しい小さな手を握りしめていた。
「精霊さま」スクルージは以前には感じたことがないような関心をもって尋ねた。「あのちびっこティムは生き延びられるのでしょうか、教えてください」
「わたしには空っぽの椅子が見えるな」精霊は答えた。「あの貧素な炉のあたりにな。それから持ち主をなくした杖が大事にとってある。もしこの影が未来も変わることがなければ、あの子供はなくなることになるだろう」
「だめです、だめです」スクルージはつづけた「ああ、なんてことだ。慈悲深い精霊さま、あの子は助かると言ってください」
「この影が未来も変わることなく残っていれば、わしの種族の誰も」精霊は答えた。「あの子をここで見ることはないだろう。それがどうしたというんだ。もしあの子が死にそうだというのなら、死ねばいいではないか。余計な人間が減らせるじゃないか」

 スクルージは精霊が引用した自分自身の言葉を聞いてうなだれて、後悔と悲しみの念に深く打たれた。
「おまえ」精霊は語りかけた「もしおまえが心を持った人間なら、石じゃないなら、何が余計で、それがどこにあるのかを見出すまで、こんなひどいことを口にするべきじゃない。おまえがどの人間が生き残って、どの人間が死ぬのかを決めるというのか 神の目からみれば、あの小さな貧しい子のような何百万の人たちよりも、おまえの方が生きている価値もなければ、生きるにふさわしくないのかもしれないのだ。ああ神よ。葉の上の虫けらが、ほこりの中で飢えている仲間たちの中に余計な命があるんて言うのを聞こうとは」

 スクルージは精霊の叱責にうなだれ、震えながらうつむいていた。ただ自分の名前がよばれるとすぐに顔を上げた。
「スクルージさん」ボブは言った「このごちそうをもたらしてくれたスクルージさんのために祈ります」
「まったく、ごちそうをもたらしてくれた人だわ」クラチェット夫人は顔を真っ赤にして叫んだ。「あの人がここにいれば、私のいいたいことをうんとごちそうしてあげるのに、それをおいしく食べてくれるといいんだけど」
「おまえ」ボブは言った「子供たちがいるし、クリスマスじゃないか」
「確かにクリスマスなんでしょうよ」
「あんなケチで、冷酷で情け知らずのスクルージさんの健康を祝して乾杯するんですものね。どんなやつか知っているじゃないロバート、あなたが一番よく知ってるじゃないの、かわいそうに」
「おまえ、」ボブは優しい声で答えた。「クリスマスじゃないか」
「あなたのため、この日のため、スクルージさんの健康を祝して乾杯しましょう」夫人は言った。「スクルージさんのためじゃないわ、彼が長生きしますよう。メリークリスマス、それから新年おめでとう。スクルージさんも楽しいでしょうし、きっと幸せにちがいないわ、まちがいなくね」

 子供たちも母親に続いて乾杯した。今日はじめて、彼らは心のこもらないことをした。ちびっこティムは最後に乾杯したが、そんなことは少しも気にしていなかった。スクルージは一家にとって鬼のような存在で、その名前を口にだすだけでも一家だんらんに暗い影を落としそれを振り払うには、たっぷり五分はかかった。

 その影が消え去ると、みなは不吉なスクルージのことを振り払ったので、以前よりも十倍は陽気になり、ボブ・クラチェットは、ピーターのために就職先を考えていて、もし職についたら週に五から六ペンスはかせぐだろうと話した。二人のちびっ子は、ピーターが実業家になると思うと、笑いころげた。ピーター自身ときたら、その途方もない収入を手にしたらどんな投資でもしてやろうかと入念に考えているかのように襟の間から暖炉をみつめていた。それから帽子屋で見習をしているマーサが、みんなにどんな仕事をしなければならないのか、何時間休まずに働いているのか、明日の朝はゆっくりとベッドで休むつもりだとか、そんな話をした。明日一日は、彼女が家で過ごせる休日なのだ。それから数日前に伯爵夫人と貴族を見たが、その貴族の身長はピーターと変わらなかったと話した。それを聞いたピーターは、襟をひときわ高くあげたので、そこに居合わせたとしても、彼の頭は見えなかっただろう。こうしている間も栗や容器を回しあっていた。それから、ちびっこティムが歌う、雪のなかを行く迷子のことを歌った歌をみんなで聞いた。ちびっこティムは悲しげなかわいらしい声で、とってもうまく歌い上げた。

 この家族にこれといって特筆すべきことがあったわけではない。魅力的な家族とはいえなかったし、りっぱな服を着ているわけでもない、靴には水がしみこんでしまうし、服もあまり持っていなかった。ピーターはおそらくというかたぶん質屋のこともよく知っていたことだろう。だが、一家は誰もが幸福で、感謝にあふれ、互いを喜びとし、このひと時に満足していた。だんだん彼らの姿が薄れていく中、別れ際、精霊のたいまつからふりまかれた輝きに、ますます幸せそうに見える彼らに、ことにちびっこティムに、最後までスクルージは目を留めていた。

 このころにはもう暗くなりかけていて、雪もはげしくなっていた。スクルージと精霊は通りをすすんでいたが、台所や居間や、さまざまな部屋で燃えさかっている火は明るく、すばらしかった。こちらでは、ちらちら輝く炎から、おいしいごちそうが準備されていることが見て取れた。皿は火に十分かざされて温められ、深紅のカーテンは、寒さと暗闇をさえぎるためにいつでも引けるようになっていた。あちらでは家の子供たち全員が雪の中を外にかけだして、結婚した姉や兄そして従兄弟、叔父叔母を出迎えようとしていた。真っ先に挨拶するのは自分だといわんばかりだった。また、こちらでは、窓のブラインドに集まったお客の影が映り、そしてあちらには、フードをかぶり毛皮のブーツをはいたきれいな娘さんたちが、グループでみんながいっせいにおしゃべりしながら、足取りも軽く近所の家に向かっていた。彼女たちが、顔をほてらせながら入るのを見る独身男性の苦悩が、ここに始まる。彼女らは巧妙な魔女であり、そのことをちゃんと自覚しているのだ。

 だが、親しい集まりに出かける人の数から考えると、どの家も来客を待ち、煙突の高さの半分まで火種を積み上げていると思いきや、着いてみたら歓迎してくれる人が誰も家にいないのじゃないか、そう思われるほどだった。祝福あれと、精霊は大喜びしていた。広い胸をさらけ出し、大きな手のを広げ、宙に浮き、慈悲深い手で届く範囲すべてのものに明るく無邪気な喜びをふりまいた。薄暗い街に灯りの点を点けて走りつづける点灯夫でさえ、今宵をどこやらで過ごすために着飾り、精霊が通ると声をたてて笑い出した。クリスマスであることのほか何か連れがあるとは、点灯夫は知らなかったのだが。

 さて今度は、精霊から警告の言葉もなく、二人は寒々とした不毛の荒地に立っていた。あたりには、ごつごつした巨大な岩があちこちに散らばり、巨人の墓場のようだった。水はあらゆる方向に流れていたが、というか、寒さで凍らなければ、至る所に流れていたことだろう。苔とハリエニシダと雑草が生い茂っている以外はなにも見当たらなかった。西の空には、夕日が燃え立つような赤い光を放ち、不機嫌な目のように、その荒廃とした光景を、一瞬、にらみつけると、眉をひそめて、低く、さらに低く、真っ暗な夜の濃い闇の中に沈んでいった。「ここはどこです」スクルージは尋ねた。
「坑夫たちのいる場所だ、かれらは地底の奥底で働いているんだ」精霊は答えた。「だが彼らは私のことを知ってるぞ! ほらみろ」

 明かりが一軒の小屋の窓に灯っていた。二人はすぐにそこに向かった。泥と石の壁を通り抜けると、真っ赤に燃えさかる火のまわりに愉快な仲間が集まっていた。年を重ねた老人と老婆、その子供たち、子供たちの子供たち、そのまた次の世代と、みんな祝日用の衣装で、陽気に着飾っていた。老人は、不毛の荒地をふきすさぶ風の音にかき消されてしまうような声でクリスマスの歌を歌っていた。子供の頃のとても昔の歌で、ときどきみなが合唱に加わった。みなが声をはりあげると、老人もすっかり陽気になって声をはりあげた。ただみなが歌うのをやめると、老人の声も再び張りを失った。

 精霊はそこに長くはとどまらなかった。ただスクルージに自分の上着にしっかりつかまっているように命ずると、荒野の上を通り過ぎていった。どこへ行くのか、海だろうか、そう海だった。振り返った時、陸地の端である、恐ろしげな岩の連なりがそこに見え、スクルージはぞっとした。激しくとどろく波の音で、スクルージは何も聞こえなかった。波はうねり、とどろき、自らが削り上げた不気味な洞窟の中を荒れ狂っていた。何としてでも大地を削り取ろうとしていたのだ。

 岸から数キロ離れたもの寂しい暗礁に、灯台がぽつんと立っていた。荒天は一年じゅう続き、波は激しく打ちつけていた。その土台には海草が何層にもつみかさなり、ウミツバメは、海草が海から生まれるように、風から生まれたのではないかと思わせた。灯台のあたりを上昇したり下降したりして、かすめ飛んでいる波と見まがうほどだった。

 しかしこのような場所でも二人の男が灯火を見守って火をおこしていた。その火は厚い石壁の灯台の小窓から荒れ狂う海へと一筋の光をはなっていた。荒れてごつごつした手を、すわっていた粗末なテーブルの上で組みながら、おたがいにグロッグ酒でクリスマスを祝っていた。年長の方が、まるで古い船の船首像のように、顔全体が厳しい天候のために荒れ果て、傷だらけになっているかのような顔で、それこそあらしのようなたくましい歌を歌い始めた。

 ふたたび精霊は暗く重苦しい海の上をどこまでもどこまでも速度を速めて進んでいった。スクルージに言ったところによればどの岸からもはるか遠く、船の上に降り立った。二人は操舵手、船首の見張り役、当直の航海士の横にならんだ。彼らの姿は暗く、それぞれの持ち場での姿はまるで幽霊のようだったが、誰もがクリスマスの歌を口ずさんだり、クリスマスのことを考えたり、これまで過ごしたクリスマスの話を、仲間に小さな声で語っていた。そこには家を思い帰郷の望みが含まれていた。起きている者も眠っている者も、善良な人もそうでない人も、船に乗っている者は誰もが、一年のどの日よりも、この日にはやさしい言葉をかけ合い、祭り気分をいくらか味わった。遠くにいる気にかけている人たちのことを思い出し、そして遠くにいて気にかかる人たちのことを思い、そしてむこうでもこちらを想いおこして喜びに浸っていることを知っていた。

 スクルージはびっくりした。風のうなりに耳を傾け、死の深淵にも等しい神秘の深みをたたえた未知なる海の上、孤独な暗闇を突っ切って進んでいくのは何と厳かなことかと考えていた。そんな時に、朗らかな笑い声を聞いて、非常に驚いたのだ。その笑いが自分の甥のものであり、自分が明るく、からりとした、まばゆいばかりの部屋にいることを知った時には、もっと驚いた。精霊はその横で微笑んで立っており、その甥を満足そうにやさしく見つめていた。
「は、は、は」スクルージの甥は笑い声をたてた「は、は、は」

 ひょっとして、いやそんなことはないと思いますが、もしもあなたが、このスクルージの甥よりも楽しそうに笑う人を知っているなら、私は言いたい、私もその人を知りたいと。紹介していただきたい、、お近づきになりたいものだ。
 病気や悲しみが伝染するように、この世では、笑いや陽気な気分もそれらに劣らず自然と人に伝染するのだ。ものごとは公平、公正で、立派に調和がとれているのだ。そしてスクルージの甥がこのように腹を抱えて、頭を振りながら、顔をこれ以上ないといった具合でゆがめて笑えば、妻であるスクルージの姪も心から笑うのだった。そして集まった友人たちも、すぐさま、いっしょに大きな笑い声をあげた。
「は、は、は、は」
「確かにそう言ったんだ、クリスマスがばかばかしいって」スクルージの甥は叫んだ「しかも、そう信じてるんだから」
「余計恥ずかしいことだわ、フレッド」スクルージの姪は怒って言った。こうした女性に祝福を。ものごとを決して中途半端で終わらせたりはしない。いつも真剣なのだ。

 彼女はとても可愛かった。とにかく可愛いのだ。えくぼがあり、びっくりした表情をしていて、すばらしく綺麗な顔で、熟れた小さなくちびるは、キスするためにあるようだった。きっと誰もがそう思うだろう。あごのあたりには愛らしいさまざまな点のようなものがあったが、笑うと一つになってしまうかのようだった。目はどんな少女にも見られないほど明るく輝いていた。刺激的な女性だと感じるかもしれないが、申し分のない女性だった。まったく、申し分がなかった。

「こっけいな老人だよね」甥は言った。「ほんとうにそうだ。愉快な人なのかもしれないけど。でもね、あの人が人を不愉快にすれば、あの人自身にはねかえってくるんだから、あの人のことを悪くは言わないよ」
「お金持ちなことは確かでしょ、フレッド」スクルージの姪はほのめかすように言った。「少なくとも、あなたはいつも私にそういってるわ」
「それがどうしたというんだい」甥は言った。「財産はあの人にとって何の役にも立たないんだから。それで何かいいことをするわけじゃなし。楽しむわけでもない。いつか僕たちの役に立てようなんて「は、は、は!」そんなこと考えて満足をする人じゃないし」
「私はあの人には我慢できないわ」姪は断言した。姪の姉妹たちもその他の女性陣もまったく同意見だった。「僕は違うな」甥は言った。「僕はあの人が気の毒だな。怒りたくても怒れないんだよ。だって意地が悪いといっても誰が損をしているんだい、いつもあの人自身じゃないか。あの人は、ぼくたちを嫌いだと決めつけて、食事に来ない。その結果はというと、大したごちそうを食べ損なったわけじゃないけどね」
「いいえ、すばらしいごちそうを食べ損なったと思うわ」姪はさえぎりそう言い、他の誰もが同じことを言った。判断を下すには格好の人たちだった。なぜなら、夕食を食べ終えたばかりで、テーブルにデザートがあり、ランプの明かりに照らされて、暖炉のまわりに集まっていたからだ。
「それを聞けてうれしいよ」甥はそう口にした。「だってこういう若い主婦たちはそんなに信用できないからね。どう思う、トッパー」

 トッパーはスクルージの姪の姉妹の一人に目をつけているのは明らかだった。というのは、彼は独身者はみじめなのけ者で、そのような話題に口をはさむ権利はないと答えたのだ。これを聞いて、スクルージの姪の姉妹でバラをさしたほうではなく、レースの衣装をまとったふくよかなほうは顔を真っ赤にした。
「つづけなさいよ、フレッド」と姪は両手を叩いてあおった。「この人は言い始めていつも途中でやめるのよ。おかしな人でしょう」
スクルージの甥は楽しくてしょうがないといったふうに、また笑いだし、これがまた伝染を防ぐのは不可能で、ふくよかな妹などは食用酢の香りをかいでこらえようとしたものの、誰もがフレッドにつられて笑い転げた。

 「僕はただこう言いたいだけなんだ」甥はつづけた。「叔父さんが僕らのことを嫌って僕らと楽しく過ごさない結果は、僕が思うには、叔父さんが楽しく過ごす時間を失ってるってことだからね、それもその時間はなんら叔父さんに不利益をもたらすものじゃないのに。あのうすぐらい古い事務所や、ほこりっぽい寝室で、一人で考えていても見つけられないような仲間を、みすみす失ってるのは確かだと思うんだけどなあ。僕は叔父さんが嫌がっても、毎年同じような機会を作るつもりだよ。だって、あの人が可哀想でしょうがないんだ。死ぬまで永遠にクリスマスをののしるかもしれないけど、考え直さなければならなくなるさ。僕がそうしてみせるよ。そう、僕が毎年毎年、上機嫌であの人を訪ねていって、スクルージ叔父さんお元気ですかって言うんだ。それがお金に困っている書記に、五十ポンドでも残そうという気を起こさせたら、意義のあることじゃないか。それに昨日はあの人の気持ちを少しは揺さぶったんじゃないかと思っているんだ」

 スクルージの気持ちをを揺さぶっただなんて、今度はみんながその考えに笑う番だった。でも根っからのよい気性だったので、自分が笑われることは大して気にせず、みんなはとにもかくにも笑ったけれど、みんなをもっと陽気に笑わせ、酒の瓶を楽しそうに回した。

 お茶の後は、かれらは音楽を楽しんだ。彼らは音楽一家で、無伴奏で歌ったり輪唱させたらそれはなかなかのものだった。特にトッパーは、よく通る見事なバスでうなっても、額の血管を浮き上がらせることも、顔を真っ赤にすることもなかった。スクルージの姪はハープを上手に弾いた。いろいろ弾いた曲の中で、簡単なかわいいメロディー(なんのことはない、二分もあれば覚えて口笛でふけそうなもの)は、スクルージを寄宿学校から連れ帰ったあの女の子、過去のクリスマスの精霊が彼に思い出させたあの女の子が好きだった曲だった。この曲の旋律が鳴り響くと、精霊がみせてくれたすべてのものが心の中に浮かんできた。スクルージの頑な心もだんだん和らいでいき、もっと前からこの曲を何度も聞いていれば、ジェイコブ・マーレーを埋葬した寺男のスキに頼らずとも、自分の手で自分の幸せのために人生を耕して、優しさを養えたかもしれないと思った。

 だが、彼らは一晩中音楽だけで過ごしたわけではなかった。しばらくすると、罰金ゲームをはじめた。時には子供になるのもいいことだし、偉大な創造主自身子供だったクリスマスなら、なおさらであった。さて、ここらでやめておこう。そう、まず目隠し遊びをした。もちろんだ。それがトッパーときたら、靴に目がついてるわけでもあるまいに、見えないふりをしているとしか思えなかった。私に言わせれば、スクルージの甥との間で話がついてたに違いない。それは現在のクリスマスの精霊もお見通しだった。レースの服を着たふくよかなあの妹を追いかける様子は、簡単に信じてしまう人をばかにするものだった。暖炉の器具をけっとばしたり、椅子をひっくりかえしたり、ピアノにぶち当たったり、カーテンにくるまったりしたが、彼女がどこへ行こうと、トッパーはついて行った。ふくよかな妹がどこにいるかを常に把握していて、他の人を捕まえようとはしなかった。誰かがわざとぶつかっても(やってみた人もいたが)、捕まえる努力をするふりだけで、いやもうそれがわからないと思っているなら侮辱もので、それにすぐにこそこそとふくよかな妹のほうへ行ってしまうのである。彼女は何度もフェアじゃないわと叫んだ。実際フェアじゃなかったが、ついにトッパーは彼女をつかまえた。彼女は絹のさらさらする音をたて、すばやく身をひるがえして彼のそばから逃れたが、彼は逃げようのない隅に彼女を追いつめた。その時の彼の行動ときたら、まったくひどいものだ。彼女だと分からないふりをしたり、彼女の頭飾りに触れ、さらに彼女の指輪やネックレスに触って彼女かどうか確かめる必要があるというふりをするなど、恥ずべき、けしからぬ振る舞いだった。別の人が目隠しをした鬼になると、カーテンの陰で二人っきりになって話していたが、きっと彼女も彼に何かいったにちがいない。

 スクルージの姪は目隠し遊びには参加していなかったが、居心地のいい隅の大きな椅子に腰かけ、足台に足をのせてくつろいでいた。そしてそのすぐ後に精霊とスクルージがいた。しかし姪も罰金ゲームには参加し、アルファベットの文字全部を使って、私は私の恋人を愛しますという遊びを見事にやってのけた。同じように「いつ、どこで、どのように」のゲームでも姪は抜群で、妹たちをさんざんにうちまかし、スクルージの甥は内心ひそかに喜んだ。敢えて言っておくが、妹たちもけっしてにぶい娘たちではなかったのだが。二十人やそこらの人がいて、年をとった人も若者も遊びに加わり、それにはスクルージも加わっていた。スクルージは目の前で行われていることに夢中になり、自分の声は相手には聞こえていないのに、時々かなり大きな声で自分の推測を口に出し、かなり見事にいい当てていた。めどで切れないと保証つきのホワイトチャペル社の一番とがった上等の針でもスクルージほどは鋭くなかっただろう。もっとも、スクルージは自分を鈍い人間だと思い込んでいたが。

 精霊はスクルージのそうしたようすを見てとても喜んだ。彼をやさしく見つめているので、スクルージは、お客が帰るまでここにいさせてと少年のように頼んだ。しかし、精霊はそうはいかないと言った。

「ほら新しいゲームだ」スクルージは言った。「三十分、あと三十分だけ」

 それはYesNoというゲームだった。スクルージの甥が何かを思い描き、残りの者がそれが何かを当てるのだ。甥が他の人の質問に答えていいのは、そういったわけでYesかNoだけということになる。矢継ぎ早に質問がされ、動物のことを考えているのがわかってきた。生きている動物で、どちらかというと不快で、残忍な動物であり、時に吠えたりブーブ鳴いたり、時に言葉を話したりし、ロンドンに住み、街を歩きもするが、見せ物になったり、誰かに引き回されたりすることはなく、動物園にはいないし、市場でと殺されることはない。馬でも、ロバでも、雌牛でも、雄牛でも、虎でも、犬でも、豚でも、猫でも、熊でもない。新しい質問がされるたびに、甥は大爆笑して、あまりおかしいので、たまらなくなってソファから立ち上がり、足を踏みならした。とうとうふくよかな妹が、同じように笑い出し、大声で叫んだ。
「わかったわ、なんだか分かったの。もう分かったわ」」
「なんだい?」フレッドは叫んだ。
「それはスクルージ、おじさんよ」

 大正解だった。一堂納得といったようすだったが、不平をいう者もいた。「それはクマですか」には、「Yes」と答えるべきで、たとえスクルージさんだと思っていても、「No」という答えで、考えがそれてしまったというのだ。
「こんなに楽しませてくれたんだから」フレッドは言った。「あの人の健康を祝して乾杯しないのは恩知らずですよ。ちょうど手に温めたワインのグラスがありますから、さあ、スクルージおじさんのために」
「では、スクルージおじさんのために」と全員が斉唱した。
「どんな人であろうと、あの老人のためにメリークリスマス、それからハッピーニューイヤー」スクルージの甥はつづけた。「私がそういってもありがたがってくれないだろうけど、スクルージおじさんが、喜んでくれますように」

 スクルージはいつの間にかすっかり陽気に、そして心も軽くなり、もし精霊が時間をくれたなら、何も気づかない仲間たちにお返しの乾杯をして、彼らに聞こえない感謝の言葉を述べようとしたほどだった。でもそうした光景は、甥が話してる最後の言葉が終わるか終わらないうちに消え去ってしまった。スクルージと精霊はふたたび旅立った。

 二人は多くのものを見、遠くまで行き、たくさんの家を訪問したが、いつも幸福がもたらされた。精霊が病人の床の傍らに立てば彼らは元気づき、遠い国にいる人の傍らにいけば彼らは故郷を近くに感じることができた。もがき苦しむ人たちの傍に立つと、その人たちはより大きな希望を持ち、忍耐強くなり、貧困にあえぐものは豊かになった。はかないちっぽけな権力をひけらかす人間が、戸を固く閉ざし、精霊を閉め出していないところ、救貧院や病院や監獄、また、みじめな者たちが潜んでいるあらゆる場所に、精霊は祝福を残し、スクルージに教訓を与えた。

 もし一晩だとすれば、それは長い長い夜だったが、スクルージには到底一晩だとは思えなかった。なぜなら、精霊と過ごした時間の中に、いくつものクリスマス休暇が凝縮されているように思えたからだ。またスクルージの外見がまったくかわらないのに、精霊が歳をとっていく、明らかに老けていくのも不思議なことだった。スクルージはこの変化にすでに気づいていたが、そのことを口にしなかった。子供たちの十二日節の前夜祭のパーティを後にして、広々とした場所に共に立ち、精霊を見て、その髪が白くなっていることに気づくまでは。
「精霊の命とはそんなに短いものですか」とスクルージが尋ねると、
「この地上では、命はとても短い」と精霊は答えを返した。「今夜でつきるんだ」
「今夜ですって」スクルージは思わず声を大きくした。
「今宵、真夜中にだよ。よく聞くんだ、ほらその時間がせまってるよ」

 その時、鐘はちょうど十一時四十五分を告げた。
「お尋ねしてはいけないことでしたらお許し下さい」スクルージは、精霊の上着を真剣に見つめながら、言った。「あなたの身体とは別な、何か変なものが裾から出ていますが、それは足ですか、それとも爪ですか」
「爪かもしれんな、というのもその上にも肉体があるからな」と精霊は悲しげに答えた。「ほらここをみるんだ」

 精霊は上着のひだの間からに二人の子供をとりだした。汚らしく、ぞっとするような醜く悲惨な子供たちだった。そして精霊の足元にひざまづくと、上着に取りすがっていた。
「よくこれをみるんだ、しかとな、ここをだぞ」精霊はさししめした。

 二人の子供は男の子と女の子で、黄色く、やせほそっており、ぼろをまとい、顔をしかめ、貪欲そうだったが、自分を卑下してひれ伏していた。若々しさが美しくその表情に表れ、みずみずしく彩られるところを、生気のない、しなびた、老人のような手が、その表情をつねり、ねじ曲げ、ずたずたに引き裂いていた。天使の玉座に、悪魔が潜み、脅かすようににらみつけていた。偉大な創造のあらゆる神秘をもって、人間性にいかなる変化を加えても、どのように退廃させようとしても、いかに堕落させても、どのような悪い方向に向かわせようとしても、これほどおぞましく、ぞっとさせる怪物をその半分ほども生み出せないだろう。

 スクルージはぞっとして後ずさりした。こんなふうに子供たちを見せられたので、かわいいお子さんたちですねと言おうとしたが、そんな大それた嘘をつくような言葉は出てこなかった。
「精霊さま、あなたのお子さんですか」スクルージはそう言うのがやっとだった。
「人間の子供だよ」精霊は子供たちを見下ろしながら答えた。「この子たちは、この子たちの父親から逃れて救いを求めてわたしにしがみついているのだ。この男の子は無知で、女の子は貧困だ。二人には用心するがいい。二人と同じ立場にいるすべての者には用心するがいい。とりわけ、この男の子には用心しろ。消えていなければ、その額には見えるであろう、破滅という文字が。見えないといってみろ」精霊は街のほうに手を伸ばしながら叫んだ。「そして破滅を教えてくれるものを非難するがよい、自分勝手な目的でその文字のあることを認め、その文字をさらにひどくしてみろ。その時は、その結果を待つがよい」
「その子たちを保護する施設や救う方法は無いのですか」スクルージは尋ねた。
「監獄はなかったんだっけ?」精霊はスクルージのほうをむいて、スクルージが前に言った言葉を繰り返した。「救貧院はないのかね?」
鐘は十二時を告げた。

 スクルージは精霊をもとめてあたりを見回したが、その姿はなかった。鐘が響き終わると、スクルージはジェイコブ・マーレーの予言を思い出した。目を上げると、衣をゆったりとまとい、フードをかぶった荘厳な幻が、地面を霧がはうように近づいてくるのが見えた。



   第四章 最後の精霊

 幻は、ゆっくりと厳かに音をたてず近づいてきた。それに対して、スクルージはひざまずいた。なぜなら、この精霊の動きにつれて、あたりに闇と謎がふりまかれているように思えたからだ。

 精霊は真っ黒い衣に身を包み、頭、顔、身体はすっぽり隠れ、差し伸べた片方の手だけが見えた。この手がなければ、精霊の姿と夜とを見分け、精霊を包む闇とを区別するのは難しかっただろう。

 スクルージは精霊が側にきた時、背が高く威厳に満ち、その神秘な存在を前にして、自分が厳粛な恐れに満たされているのを感じた。精霊は言葉を話すことも、動きもしなかったのでスクルージにはそれ以上のことは分からなかった。
「私の前にいらっしゃるのは、未来のクリスマスの精霊でしょうな」とスクルージは尋ねたが、
 精霊は何も答えず、ただ先の方を指し示した。
「まだ起きていないけれど、これから起こる事の影をわしに教えてくれるんでしょう」とスクルージはつづけた。「そうじゃないんですか、精霊さま?」

 まるで精霊がうなずいたかのように、その瞬間衣装の上の方が、ひだになったところで、一瞬縮んだ。それがスクルージに与えられた唯一の返事だった。

 スクルージはこの時には、ずいぶん精霊の相手をするのも慣れていたとはいえ、これほど押し黙った姿にさすがに恐怖をおぼえ、両足はがたがた震え、あとをついて行こうとしても立っていられないほどだった。精霊はその様子を見て、しばし待ってくれて、震えが止まるまでの時間をくれた。

 だが、精霊が立ち止まったために、両脚の震えはますますひどくなった。自分はどんなに目を凝らしても、精霊の手と黒い大きなかたまりが見えるだけなのに、精霊はその黒い衣の中からこちらをじっと見つめていると思うと、漠然とした恐怖でぞっとした。
「未来の精霊さま」スクルージは叫んだ。
「今までのどの精霊さまよりあなたを怖く感じます。でも、あなたがわしによくして下さろうしていることは知っていますし、今までの自分とは違う自分になろうとも思っています。だから我慢してあなたとお供して、感謝しようとも思っていますが、何か話してはくださらないのですか?」

 なんら返答はなかったが、手は前を指し示していた。
「ご案内下さい」スクルージは言った。「夜はすぐ明けてしまいますし、わしにとっても時間は貴重ですから。ご案内下さい、幽霊さま」

 精霊はスクルージに近づいてきた時と同じように動いていき、スクルージはその衣の影にくるまれるようにしてついていった。というか、持ち上げられて運ばれているようだった。

 街に入ったようには思えなかった。むしろ、街が二人の回りに突然現れ、街自らが二人を取り囲んだように思えた。だが二人は街の中心部、商人たちで混みあう市場に入っていった。商人たちは忙しそうに動き回りながら、ポケットの中でお金をチリンチリン鳴らしていたり、集まってなにやら話したり、時計を見たり、何かを考えながら大きな金色の印鑑をいじくったりしていた。それはスクルージには見慣れた光景だった。

 精霊は数人の商人たちのそばで立ち止まった。手は彼らを指し示していたので、スクルージはその会話を聞こうと近寄った。
「いいや」でっぷり太って大きな顎の男はこう続けた。「どちらにせよよく知らんのだよ。知ってるのは死んだってことだけだよ」
「いつ死んだんだい?」別の男が尋ねた。
「昨夜だと思うな」
「どうして、何がおこったんだい?」大きなカギ煙草入れからたくさんのカギ煙草を取り出しながら、また別の男が言った。「殺しても死なないと思ったがな」「知るもんか」最初の男があくびをしながら答えた。
「やつの金はどうなるんだろう」鼻に大きなできものができている赤ら顔の男が、まるで七面鳥の雄があごの肉塊をゆらすようにしながらそう尋ねた。
「聞いてないな」大きな顎の男はまたあくびをしながら答えた。「会社にでも遺したんでしょう。わしには遺してくれなかった。それだけは確かですな」

 一堂はその冗談でどっと笑った。
「とても安上がりな葬式になるんでしょうな」同じ男が続けた。「誓ってもいいが、行こうなんて者はおらんだろう。いっそわしらみんなで有志をつのるかい?」
「食事がでるなら行ってもいいがね」鼻にできものがある男が口をはさんだ「参列するとしたら食べさせてもらわないと」

 一堂はふたたび笑った。
「なんだかんだいって、みんなの中で私が一番無欲な人間ですな」最初の男が言った。「僕は決して黒い手袋ははめないし、食事もしないからね。でも、ほかに誰か行くなら、僕は行きますよ。考えてみれば、もしかすると僕が彼のいちばんの友達かもしれないしね。いつだって会えば、立ち止まって話をしたもんだ。では、失礼」

 話している者も聞いている者もいつの間にか立ち去り、別の集まりに混ざっていった。スクルージは今の男たちを知っていた。そして説明をもとめるかのように精霊の方を見た。

 精霊は通りを進んでいき、二人の男が話しているのを指さした。スクルージはここに説明があるかもしれないと考え、ふたたび耳をかたむけた。
 スクルージはその二人の男もよく知っていた。二人とも商人で、とても裕福であり、有力者だった。常日頃この二人によく思われるように心がけていた。もちろん商売のため、純粋に商売のためだけにそうしていたのだが。
「やあ、どうも」と一人が言うと、「やあ、どうも、どうも」もう一方が挨拶をかえした。
「そういえば、おいぼれもとうとうくたばったみたいだね」と最初の男が続けた。
「うん、聞いたよ」もう一方の男が言った。「寒いですな」
「クリスマスですからね。そうそう、スケートはおやりにならないんでしたね」
「やらん、やらん。何か別のことなら考えてもいいが。では、さよなら」

 他には何もなく話はまさしくこれだけで、二人は別れた。

 スクルージは始め、精霊がどう見てもつまらないこんな会話を重視しているのか不思議だったが、そこにはなにか隠された意味があるにちがいないと思っていたので、どういうことなのかよく考えてみた。自分の共同経営者だったジェイコブの死と何か関係があるようには思えなかった。それは過去のことであり、この精霊の受け持ちは未来のことなのだから。かといって、自分と直接関係があり、当てはまる者も思いつかなかった。ただ当てはまるのが誰であろうと、自分が改心するための教訓が隠されていることは疑いないと思い、耳にする言葉、見たもの一つ一つを心に刻もうとした。特に自分の影が現れた時には、よく見ておこうと思った。というのは、自分の未来の行いは、今までの自分には何が足りなかったのか、その手がかりを与えてくれるだろうし、今の会話が何を意味するのか容易に解いてくれるだろうと思ったからだ。

 スクルージは、その場に自分の姿をもとめてさがしまわったが、いつも自分が立っている場所には別の男が立っていた。時計をみるとふだん自分がそこにいる時間をさしていたが、入り口からながれこんでくる大勢の人のなかにも自分の姿はなかった。だが、彼はあまり驚かなかった。なぜなら、スクルージは生き方を変えようと心の中で考えていたし、新しく芽生えた決意が行われているのを見ているのだと思ったし、そう望んでいたからだ。

 静かな闇として、精霊はスクルージの側に手を伸ばして立っていた。スクルージは思索にふけっていたが、我に返ると、その手の向きと、彼自身との位置関係から、こちらからは見えぬ目が熱心に彼を見ているように思われ、身震いがしてひどくぞっとした。

 二人は喧騒をはなれ、街のへんぴな場所へと移動した。その場所は、だいたいの状況や悪いうわさは耳にしていたが、一度も足を踏み入れたことがないところだった。道は不潔で狭く、店や家々はぼろぼろだった。人々は半裸で、酔っ払っていて、だらしがなく、醜かった。路地やアーチのかけられた屋根付き通路からは、汚水だめのように、悪臭や汚れや生活など、やっかいなものが、入り組んだ通りに吐き出されていた。その地区全体が、犯罪や汚れや悲惨にまみれていた。

 いまわしいこの巣窟の奥には、ひさし屋根の下に、入り口の低い、突き出た店があった。そこには鉄くず、クズ、あきびん、骨、脂の多い臓物などが運び込まれていた。店の中では床の上に、さびたカギ、釘、くさり、ちょうつがい、とじ金、はかり、おもりといったありとあらゆる鉄くずがうずたかく積みあがっていた。見苦しいぼろの山、腐った脂の塊、骨の墓場の中に、誰も調べようと思わない秘密が秘められ、隠されていた。そういったものに囲まれて、七十歳にもなろうかという白髪の老人が古びたレンガでできた木炭ストーブのそばに座っていた。寄せ集めのぼろきれからつくった汚らしいカーテンをつるして寒さよけにしており、穏やかな自分の贅沢な城の中で、パイプをふかしていた。

 スクルージと精霊がこの男の目の前までやってきたちょうどその時、重い包みを抱えた女が店にこっそりと入ってきた。その女が店に入るか入らないかのうちに、もう一人の同じように重い包みを持った女が店に入ってきた。そのすぐ後に、色あせた黒い服を着た男が入ってきた。二人の女は顔を見合わせてびっくりしていたが、この男が二人の女を見た時の驚きもそれに劣らなかった。三人はしばらくぽかんとしており、パイプをくわえた老人もしばらくぽかんとしていたが、それからどっと笑った。
「ほっといても掃除女が一番に来るんだよ」最初に入ってきた女はそう叫んだ。「次が洗濯女で、その次が葬儀屋なんだよ。いいかい、ジョー爺さん、これが偶然ってもんさ!そんなつもりなんざないのに、ここで三人会わなくったってねえ」
「三人が出会うのにこれ以上うってつけの場所もなかろうよ」ジョーはパイプから口をはなすと言った。「さあ中へ入ってくれ。お前さんは昔からそうしてるんだし、あとの二人も知らない仲じゃないしな。ちょっと待ってな、店の戸を閉めるから、まったくなんてきしむんだろうな。こんなにさびついた金物は、ここにはこのちょうつがいだけだ。こんなおいぼれも、ここにはこのわしだけだがな。は、は、は。みんな天職だな、似たもの同士だよ。居間へ入ってくれ、居間へ」

 居間とは、ぼろ布のカーテンの裏だった。老人は階段の敷物を押さえる棒で火をかき集め、くすぶっているランプの芯をパイプの柄でととのえ(夜になっていたので)、ふたたびパイプを口にくわえた。

 老人がこうしている間、さっきしゃべっていた女は、床に包みを投げ出し、これ見よがしの態度で椅子にすわり、ひざの上でひじを交差させ、あつかましく挑みかかるようにあとの二人をじろじろ見た。
「なにがおかしいんだい、なにが。ディルバーさんよ」女は言った。「誰でも自分第一に考えるのは当然だろ。あの男はいつもそうだったよ」
「ほんとにそうだね」洗濯女も同意した「あんな男、他にはいないだろうよ」
「なんだ、それじゃあ、そんなふうに怖がってじろじろ見ながらつっ立ってるんじゃないよ、ねえ。誰にもわかりゃしないでしょうが?あたしたちゃあ、お互いのあら探しをしようってえんじゃないよ、そうだろ?」
「そうとも」ディルバーと男は声をそろえた。「そんなこと思っちゃいないさ」
「よしよし」女は叫んだ。「それでいいよ。こんなもののひとつふたつなくなったって、誰が困るっていうのさ。死んだ人間は困らないだろ」
「まさしくそうだぁね」ディルバーも笑いながら答えた。
「死んでからもためこんでおきたいならさ、あの意地悪のけちん坊のじいさん」女はつづけた。「なんだって生きている時にまともな暮らし方をしなかったんだい。そうしていたら、死神にやられた時だって、面倒見てくれる人がいただろうに。あんなふうにひとりぽっちで横になって、息をひきとらなくっても」
「本当にその通りだよ」ディルバーはもらした「罰が当たったんだよ」
「もっと重い罰だとよかったと思うがね」女は答えた「私が罰を選べるんだったらそうなってたよ。間違いないよ。包みを開けておくれ、ジョー爺さん。いくらになるか教えて欲しいんだ。はっきりいっておくれよ。一番先だってかまいやしないし、この人たちに見られたってかまいやしないよ。ここで出会う前から、好き勝手に取ってたってことはお互いよく承知してんだからね。罪なもんか。包みを開けておくれよ、ジョー爺さん」

 だが、他の二人はなんとしてもそうはさせまいとした。色あせた黒い服の男が最初に荷物をほどき、盗品をぶちまけた。そう高いものはなく、印鑑が一つ二つ、ふでばこ、一対のカフス、大して価値のないブローチ、それで全てだった。ジョーは一つ一つ詳細に調べて値踏みし、壁にひとつずつ値段を書いていき、もうこれだけだと分かると、合計をだした。
「これが取り分だよ」ジョーは言った。「釜ゆでにされたって、これ以上はびた一文出せないね。お次は誰だい」

 次はディルバーの番だった。シーツ、タオル、衣服が少々と古臭い銀のスプーンが二本、砂糖はさみが一つにブーツが数足。その取り分もおなじように壁に書かれた。
「女にゃいつも甘いんだ。それがわしの弱いところだよ、で身をもちくずすというわけだ」ジョーはそうこぼした。「これが取り分だ。もっとよこせなんてぬかしてごねるようだったら、こんなに奮発したのを後悔して、半クラウンは少なくするぞ」
「じゃわたしの包みをほどいとくれ、ジョー」と最初の女が言った。

 ジョーは包みを開けやすいようにと両ひざをついた。いくつもの大きな結び目を解くと、大きくて重い巻いてある黒いものを引っ張り出した。
「なんだいこれは」ジョーは尋ねた。「ベッドのカーテンかな」
「ああ」女は組んだ手を前にもちあげて大笑いしながら答えた。「ベッドのカーテンだよ」
「やつが横たわってるところを、カーテンとか、輪っかとか、全部ひっぺがしたってえんじゃないだろうな」
「その通りだよ」女は答えた。「いけないかい」
「金儲けの星の下にうまれついたようなやつだな」ジョーは言った。「そのうちきっとひと財産つくるだろうよ」
「手を伸ばせば自分のものになるんだ、あんな男のために、引っ込める気はないね。そうだろ、ジョー」と女はいたって平静に答えた。「油を毛布にたらすんじゃないよ」
「やつの毛布か?」ジョーは尋ねた。
「他の誰のものだと思ってるんだい」女は答えた。「なくても風邪をひくわけでもあるまいし、ま、言わせてもらうけど」
「なんか伝染病で死んだんじゃないんだろうなあ、ええ」ジョーはそうこぼすと、手をとめて視線をあげた。
「心配ないよ」女は即答した。「やつがそんなことになってるってのにあたりをうろついて、いっしょにいるほど物好きじゃないんでね。そうだろ、しっかりシャツを見ておくれよ。ま、どんなに見たところで穴なんてありゃしないし、擦り切れてもいないよ。やつの持ち物の中では最上のものだよ。品質も抜群さ。わたしがいなかったら無駄にしちまうところだったね」
「無駄になるっていうのはどういうことだい」ジョーは尋ねた。
「そのまま着せといたら確実にいっしょに埋葬されちゃうってことだぁな」女は笑いながら答えた。「どっかのばかどもはそうするもんだよ。だからわたしが脱がせたんじゃないか。着せて埋めるんだからね、キャラコがだめっていうんなら、キャラコには何の使い道もないよ。なんせやつの体にぴったりだったし、シャツを着ているよりキャラコの方がみっともないってこともないだろうしな」

 スクルージはこの話をぞっとしながら聞いていた。彼らは老人のランプの薄明かりの中、盗品を囲んで座っていた。スクルージは、激しい嫌悪感をもって彼らを見た。これらの人々が、死体をやりとりする悪霊だとしても、これ以上の激しい嫌悪感は抱かなかっただろう。

 「は、は、は」ジョーがお金の詰まったフランネル製のかばんから、おのおのの取り分を床の上でかぞえあげた時、女が笑い声をたてた。「これで決まりでさあな。やつは生きてる時は人を遠ざけてたもんだが、死んだ時にはわたしらを儲けさせてくれたよ。は、は、は」
「精霊さま」スクルージは足の先から頭までぶるぶる震えながら言葉をしぼりだした。「わかりました、わかりました。この不幸な男のことはわしにもあてまるということですな、確かにわしの人生はこんな風でした。慈悲ぶかき神よ、これはどうしたことでしょう」

 風景が一変したのでスクルージは恐ろしさでたじろいだ。場面は変わっていて、彼はベッドに触れるか触れないかの所にいた。むき出しで、カーテンのないベッドで、みすぼらしいシーツがかかっており、その上に何かが横たわっていた、それは、何も語らずとも、それ自体が恐ろしい事実を物語っていた。

 その部屋はとても暗かった。スクルージは、どんな部屋か知りたかったので、衝動にかられ見回したが、あまりにも暗かったのではっきりと見えなかった。外から朝日の青白い光がベッドに差し込んだ。そこには、身の回りのものを剥ぎとられ、奪われ、見つめる者も、泣く者も、世話をする者もいない、この男の死体があった。

 スクルージは精霊の方をじっと見た。そのゆるがざる手は死体の頭の方を指し示していた。顔の覆いはぞんざいにかけられていたので、わずかに指一本ででも持ち上げれば、その死体の顔をおがめそうだった。そうは考えたが、傍らにいる精霊を追い払う力がないように、覆いを取り除く力はなかった。

 おお、冷徹なおぞましい死よ、汝の祭壇をここに設け、汝の意のままなる恐怖で飾れ。ここは汝の領土なのだ。だが、敬愛され、誉れ高き者に対しては、髪の毛一本も汝の思いのままにはならないだろう。顔つきひとつ醜くすることはできないだろう。その手が重く、離せばぐったりするからではない。その心臓や鼓動が止まっているからではない。かつてその手が、誰にも開かれ、寛大で誠実だったからだ。心は温かく、勇気や優しさにあふれていたからだ。その鼓動が、人の鼓動だったからだ。打ってみるがいい、死の影よ。善行が傷口から吹き出し、世界が不死の生命で種播かれるのが分かるだろう。

 どこからか声がしてスクルージにこのようなことを言ったわけではない。ただベッドを見ていた時に、聞こえてきたわけだ。今この男が起き上がれば、まず何を考えるだろうと思った。金儲け、冷酷な取引、あるいは胃の痛むような心配事か。実際、それらが彼をまぎれもなく死に追いやったのだ。
彼は暗く、何もない家の中に横たわっていた。あの人はこんな時やあんな時には私に親切でしたとか、親切な言葉をかけてくれたことがあるんで、私も親切にしようと思っているんです、などというような男も、女も、子供もいなかった。ネコが戸口をひっかいていた。炉石の下では、ネズミががりがり音を立てていた。死の部屋で何を望んでいるのだ。なぜああもひっきりなしに、騒々しいのだ。スクルージは考えまいとした。考えてみるだけの勇気はなかった。
「精霊さま」スクルージは声をふりしぼった「ここは恐ろしい場所です、ここを離れても教訓は忘れません。信じてください、さあ行きましょう」

 しかし精霊は微動だにせず、指はじっと頭の方を指し示していた。
「わかります」スクルージは答えた。「できればそうしたいんですが、力がないんです、精霊さま、力がでてこないんです」

 精霊はまたスクルージのことを見据えているようだった。
「この街で、もしひとりでも、この男が死んだことを悲しく思っているものがいるなら」スクルージはあえぎながら言った。「その姿をみせてください、精霊さま、お願いします」

 精霊は黒い上着をスクルージの前に翼のように一瞬拡げ、引っ込めると、昼の光に照らされた部屋が現れた。そこには母親とその子供たちがいた。

 母親は誰かを待ち受けていて、いてもたってもいられない様子だった。部屋を気もそぞろにあちこち歩きまわり、あらゆる物音にはっとして、窓から外をながめていて、時計をみつめていた。針仕事をしようとしていたがそれも手につかないようすで、子供たちがあそんでいる声でさえ我慢がならないようだった。

 やっと、待ちに待ったノックの音が聞こえた。いそいでドアのところに行き夫を出迎えた。夫は若かったが、心労でやつれた、暗い顔をしていた。この時、その顔にはいつにない表情があった。なにか大きな喜びだった。だが、彼はそれを恥ずかしく思い、一生懸命抑えていた。

 暖炉のそばで温められていた夕食が出されている食卓につくと、妻がどうだったと力なげにたずねた(それほど間をおいてというわけではなかったが)。夫はどう答えていいのやら戸惑っている様子だった。
「よかったのそれとも悪かったの?」妻は尋ねた。
「悪かった」夫は答えた。
「じゃあ破産ね」
「いいや、まだ望みはあるよ、キャロライン」
「あの人の態度が軟化すれば、そりゃ望みはありますけど」妻はなげいた。「そんな奇跡が起きるんだったら、望みのないことなんて何もないんですから」
「軟化どころじゃないんだよ」夫は答えた。「死んだんだ」

 妻は温和ながまんづよい性格で、表情がよくそれを伝えていた。ただ死んだということをきいて心から感謝の念を抱かないわけにもいかなかったし、両手を固く握りしめて口にした。すぐに神に許しを請い、気の毒に思ったが、最初に抱いた感情が、偽らざる気持ちだったのだ。
「昨夜話しただろ、ほろ酔いの女のことを。一週間延ばしてもらおうとあの人に会いに行った時だけど、あの女がいってたことは、ぼくを避けるための口実だと思ってたけど、本当だったんだな。病状がかなり悪いだけじゃなく、死にかけていたんだよ」
「誰にわたしたちの借金はいくのかしら」
「わからないよ、ただそれまでにお金も用意できるだろうし。用意できないにしても、あれほど慈悲のかけらもないやつにいくほど運が悪いって事もないだろうよ。今夜は安らかに眠れるよ、キャロライン」

 そう確かに、慎まなければと思っても、二人の気持ちは軽やかになる一方だった。何のことか分からないまま、じっとその場で聞いていた子供たちの顔も、晴れやかになっていった。これがあの男の死によって幸せになった家庭だった。精霊がスクルージに見せることができた唯一の感情が、喜びだったのだ。
「どうか死に関係があって、心やすらかになるようなことをお見せください」スクルージは口にした。「そうでもないと、精霊さま、あの今までいた暗い部屋が今にも自分の眼前に迫ってくるんです」

 精霊はスクルージが歩きなれたいくつかの通りを抜けていき、スクルージはあちらこちらに自分の姿を探したが、どこにもその姿はなかった。二人は貧しいボブ・クラチェットの家に入っていった。前にも訪れたことのある住居で、母親と子供たちが暖炉をかこんでいた。

 誰一人音をたてるものはおらず、とてもしずまりかえっていた。さわがしい二人のちびっ子でさえ彫像のように部屋の隅でじっと座って、本をひろげているピーターを見ていた。母親と娘たちは縫い物をしていたが、黙々としていた。
「そして、ひとりの幼な子を取り上げて、彼らの真ん中に立たせ」

 スクルージはどこでこの言葉を聞いたのだろうか? 夢に見たわけでもあるまい。スクルージと精霊が敷居をまたいだ時に、ピーターが読み上げたのに違いない。ピーターはなぜ読むのをやめたのだろう。

 母親は縫い物をテーブルの上に置き、手を顔にあてた。
「目が疲れるわ、この色」母親は口にした。

 この色! ああ、かわいそうなちびっこティム。
「ずいぶんよくはなってきたけど」母親はつづけた。「ろうそくの明かりだと、目が疲れるのよ、この色は。お父さんが帰ってきた時、疲れた目なんか絶対見せたくないからね。そろそろ帰ってくるはずよ」
「もう過ぎてるよ」ピーターは本を閉じて答えた。「でもここ数日はいつもよりゆっくり歩いているんだと思うな」

 ふたたびみんなは黙り込み、沈黙をやぶって、母親は、一度は口ごもりながらも、しっかりした快活な声で言った。
「そう、いっしょに歩いていたものねぇ、ちびっこティムを肩車して早足で歩いていたものねえ」「僕も見たことがあるよ」ピーターもつづけ
「私も」と他のものもつづけ、みんなが賛同した。
「でもティムは、軽かったからねえ」母親は仕事に取り組みながら思い起こすように言った。「お父さんはずいぶんかわいがっていたものねぇ、だから肩車をしても、ちっとも苦にならなかったのよ、そうよね。あらお父さんが帰っていらしたわよ」

 母親は迎えに出た、小柄なボブは、毛糸のマフラーを巻いていた。かわいそうに、ボブには、毛糸のマフラー、慰めるもの、が必要だった。ボブは中に入った。暖炉にすでにお茶がはいっていて、みんなでせいいっぱい父親をはげまそうとした。二人のちびっ子は膝の上に乗り、ちいさなほっぺたを顔におしあて、まるで「大丈夫、大丈夫だからお父さん、そんなに悲しまないで」とでも言ってるようだった。

 ボブは家族にすっかりはげまされ、明るく家族に話かけた。テーブルの上の編み物を見ては、妻と娘たちのてきばえと仕事ぶりのはやさを褒めたてた。日曜よりずっと前に出来上がるねと言った。
「日曜ですって! じゃあ今日行って来たの、ロバート」妻は口にした。
「ああ、そうだよ」ボブは答えた。「いっしょに行けるとよかったんだがな。緑一面のあの場所を見れば、きみの心も晴れ晴れしたんじゃないかな。でも、これから何度でも見られるからね。ティムに約束したんだ、日曜にはここに歩いてくるって。私のかわいい、とてもかわいいティム」ボブは嗚咽した。「私のかわいいティム」

 ボブはその瞬間、我慢できなくなって泣き崩れた、どうにも我慢できなかった。我慢できるようであれば、ちびっこティムと今以上にいっそう遠くに離れているように感じたことだろう

 ボブは部屋を出て、二階へ上がって行った。そこは灯が明るくともり、クリスマスの飾りがぶらさがっていた。子供のそばには椅子が一脚置かれていた。すぐ前まで誰かがそこにいたようだった。ボブはそこに腰をおろすと、物思いに少しふけり、気を取り直すと子供の小さな頬にキスをした。起こってしまったことと折り合いをつけ、平穏な気持ちになって階下へと降りていった。

 みなが暖炉のそばに集まり、話をした。娘たちと母親はまだ針仕事をしていて、ボブはみなにスクルージの甥がどんなに親切な人かを話した。「一度くらいしか会ったことがないのに、今日通りで出会った時、ぼくが落ち込んでいるの見て、いやあ、ちょっと落ち込んでいたからね、あの人はぼくに、どうして落ち込んでいるのか聞いてくれたんだ」ボブは言った。「とにかく彼は楽しそうに話す人だからね、私は話したよ」すると「心からお悔やみを申し上げます、クラチェットさん、あなたのすばらしい奥さんにも気を落とさないようにお伝えください」と言ってくれたよ。「ところでどうしてそのことを知ってたのか、わからないな」
「何を知ってたの?」
「うん、おまえがすばらしい奥さんだってことだよ」ボブは答えた。
「そんなこと、誰でも知ってるよ」ピーターは答えた。「その通りだ、ピーター」ボブは声を大きくした。「お母さんはすばらしい奥さんだって、みんな知ってるね。あの人は言ったんだ『心からお悔やみ申し上げます。あなたのすばらしい奥さんにも。何か私にできることがあれば』って、私に名刺をくれたんだ。『ここが私の住んでいる所です。ぜひおいで下さい』ってね。嬉しかったのは」ボブは言った。「あの人のやさしさで、あの人が私たちのために何かをしてくれるかもしれないってことじゃないんだ。まるでちびっこティムを実際に知っていて、私たちといっしょに悲しんでくれているようだったよ」
「わたしもその人は本当にいい人だと思うわ」妻も賛成した。
「もし会って直接話せば、いっそうそう思うだろうよ」ボブは答えた。「そうよくお聞きよ、もしあの人が、ピーターにいい仕事を見つけてくれても、いいかい、ちっとも驚かないよ」
「ピーター、よくお聞きよ」クラチェット夫人は言った。
「それから」娘たちの一人がはやしたてた。「ピーターは誰かと結婚して、家庭をもつのね」
「ほっといてくれよ」ピーターはにこにこしながら答えた。「いつかはね。でも、まだ先の話だな。みんなとは、いつ、どういう形で別れるにしても、あのちびっこティムを忘れる者はいないと思ってるよ。そうだろ?あれが、我が家で起きた最初の別れだ」
「忘れませんとも、お父さん」みんなが声をあわせた。
「私もだ」ボブも答えた。「あんなに小さな子供なのに、どんなに我慢強く、どんなにやさしかったか、それを思い出したら、いいかい、お互い喧嘩しようとは思わなくなるだろ。喧嘩するのは、ティムを忘れてるってことなんだから」

「絶対に。お父さん」みんなは再び声をあわせた。
「わたしはとても幸せだよ」ボブはもらした。「本当に幸せだ」

 妻クラチット夫人はボブにキスをした。娘たちもボブにキスをした。二人の幼い子供たちもボブにキスをした。ピーターとは握手をした。ちびっこティムの魂よ、汝の子供らしい魂は神よりのものなり。
「精霊さま」スクルージは口にだした。「わしたちの別れる時間がせまってることがなんとなく分かります。別れるのは分かっていますが、どのように別れるのかは分かりません。で、あそこに横たわって死んでいた男は誰なのか教えてください」

 未来のクリスマスの精霊は、スクルージを以前と同じように連れていった。前とは時が違う、とスクルージは思った。幻には、未来の幻という以外、時間的つながりはない気がした。着いたところは、商人のたまり場だったが、スクルージ自身の姿はそこにはなかった。精霊は何があろうと立ち止まらず、頼まれたところを目指して、どんどん先に進んだ。スクルージは、待って下さいと嘆願した。
「この路地は」スクルージは言った。「今急いで通り過ぎようとしているここは、私が仕事をしている所です。長く仕事をしています。事務所の建物が見える。私が将来どうなるのか、見せて下さい」

 精霊は立ち止まったが、その手は別の場所を指し示していた。
「建物はあっちです」スクルージは説明した。「どうして別のほうを指し示すのですか?

 ただ無常にも手の指し示す方向は変わらなかった。

 スクルージは自分の事務所の窓に駆け寄り、中を見た。そこは依然事務所として使われていたが、彼の事務所ではなかった。家具は違っていたし、椅子に座っているのは別の人だった。精霊は相変わらず同じ方向を指していた。

 スクルージは精霊のところに戻り、自分がなぜそこにいないのか、どこにいったのか疑問に思いながら、精霊についていった。精霊とスクルージは鉄の門のところにやってきた。スクルージは入る前に立ち止まってあたりを見回した。

 教会の墓地だった。ここに、これからスクルージが名前を教えてもらう哀れな男が、地面の下に横たわっているのだった。なんともふさわしい場所だった。家々の塀に囲まれ、草や雑草がはびこっていた。植物の生命が成長したのではなく、死の産物としての草であり、雑草だった。埋葬が多すぎて、息がつまりそうな場所、満腹でまるまる太った場所だった。なんとふさわしい場所だった。

 精霊は墓地の中に立ち、ひとつの墓を指していた。スクルージは震えながらその墓に近づいていった。精霊はこれまでと少しも変わらなかったが、その厳かな姿に新たな意味を感じ、スクルージはぞっとした。
「あなたさまが指し示している墓に近づく前に」スクルージは聞いた。「一つ質問があるのですが答えてもらえますでしょうか? これらは、将来そうなるという影なのでしょうか、それとも、そうなるかもしれないという影なのでしょうか」

 精霊はだまってただ同じ墓を指し示すばかりだった。
「人の行く末はきまりきった結果になるのでしょう。もし同じ事を続けていればそうなるにちがいありません」スクルージは語った。「でももしそのきまりきった道からそれれば、結果もちがってきましょう。あなたが見せてくれたものも、そうだと言ってください」

 精霊は相変わらず動かなかった。

 スクルージは依然として震えながら前に足をすすめた。指が示す方を見ると、見捨てられた墓石には、自分の名前、エベネーザー・スクルージと書かれていた。
「あのベッドに横たわっていたのはわしだったんだ?」スクルージは両膝をついて叫んだ。

 指し示すのは墓から彼自身になっており、そして再び墓へと向けられた。
「いいえ、精霊さま、いやです、いやです」

 精霊の指は動かなかった。
「精霊さま」スクルージは、その衣をしっかりつかみながら叫んだ。「聞いてください。わしは以前のわしとは違います。このように接してくださらなければ、そうなっていたに違いない人間にはなりません。もう希望がまったくないとしたら、どうしてこれをわしに見せるんですか?」

 このときはじめて精霊の手が震えたように思われた。
「よき精霊さま」スクルージは地面にひれ伏して続けた。「あなたは本心から私のためにとりなし、わしを憐れんでくださっています。あなたが見せてくださった影は、違う生き方をすることで、まだ変えられるとはっきり言ってください」

 そのやさしい手は震えていた。
「クリスマスをこころから敬いますし、毎年そうしますとも。わしは過去、現在、未来のことを考えて生きていきます。三人の精霊さまもわしを励ましてくれることでしょう。教えてくれた教訓を忘れることはありません。お願いです、この墓石の文字を消し去ることが出来ると言ってください」

 苦しみのあまり、スクルージは精霊の手を握った。精霊は振り放そうとしたが、スクルージの願いは強く、放されまいとした。だが、精霊の方が強かった。精霊はスクルージを突き放した。

 運命をかえてもらおうと、最後の祈りとして両手を上げた時、スクルージには精霊のフードと衣が変化するのが見えた。縮んで、つぶれ、だんだん小さくなり、ベッドの支柱になった。



   第五章 幸せな結末

 さて、その柱とはスクルージのベッドの柱だった。ベッドも自分のベッドなら、部屋も自分の部屋だった。なによりも喜ばしいことは、これから先の時間も彼のものだった。償うための時間だった。
「わしは過去、現在、未来のことを考えて生きていきます」スクルージはベッドから飛び起きて繰り返した。「三人の精霊さまもわしを励ましてくれるだろう。ああ、ジェイコブ・マーレーよ、神とクリスマスの時に感謝します!ひざまずいて、老ジェイコブよ、私はひざまずいて祈りを唱えよう」

 善き目的に胸を躍らせ、熱を込めるあまり、彼は声が途切れて言葉にならないくらいだった。そして精霊との対面で激しく泣き崩れており、今でも顔が涙でぬれていた。
「剥ぎ取られちゃいない」スクルージは、ベッドのカーテンを両腕にかかえて、叫んだ。「リングも何もかも剥ぎ取られてない。ここにある、わしもここにいる。そうなってしまうだろうと示された影だって、消し去ることができるかもしれない。きっと消せる。そうさ、消せるとも」

 スクルージの両手はこの間、せわしく衣服をまさぐっていた。裏返しにしてみたり、さかさまに着たり、破ったり、変な所に置いたりと、衣服を相手にありとあらゆることをした。
「どうしていいやらわからん」スクルージは叫び、笑ったり泣いたりを繰り返した。そして靴下を使ってラオコーンを演じてみせたりした。「羽のように軽い気持ちだよ。天使のように幸せに満ちてるし、子供のように愉快だ。酔っ払いのように目がまわってるよ。メリークリスマス。新年おめでとう、ハロー、おーい、ヤッホー」

 跳ね回りながら居間に入ってくると、息を切らして立ちつくしていた。
「おかゆの入った鍋だ」スクルージはふたたび飛び上がりながら、暖炉のまわりをかけ回り叫んだ。「ドアもあるぞ、ジョイコブ・マーレーの亡霊が入ってきたドアだ。現在のクリスマスの精霊が座ってた角があそこだ。さまよう亡霊を見た窓があそこだ。すべて本当のことだったんだ、実際に起こったんだ。は、は、は」 

 何年も笑ってなかった男にとっては、それはすばらしい笑いで、とても輝かしい笑いだった。これから長く続く、すばらしい、輝かしい笑いを予感させるものだった。
「今日が何日かもわからんな」スクルージはひとりごとを言った。「精霊たちとどのくらいの時を過ごしたかもわからんし、何もわからん。まるで赤ん坊にでもなったようだ。なにも気にすることはない、気にしないぞ。赤ん坊になりたいくらいだ。ハロー、ヤッホー」

 そうしていると、今まで聞いたこともないような、高々と響く教会の鐘の音で、スクルージは我に返った。ガーン、ガーン、ドーン、ゴーン、ゴーン、鐘の音だ。ガーン、ガーン、ゴーン、ゴーン、なんてすばらしいんだ、すばらしい。

 そして窓にかけより、窓をあけ、頭を外にだした。霧ももやもない。晴れ渡った、輝かしい、陽気に感じる、心動かされる寒さだった。ピューっと風に吹かれ、血がさわぐような寒さだった。黄金色に輝く太陽、神々しい空、心地よい新鮮な空気、陽気な鐘の音。なんてすばらしいんだ、すばらしい。
「今日は何日だい」スクルージはよそいきの服装をした、たぶんぶらぶらしてスクルージの方を見ていた子供によびかけた。
「なんですって?」少年はすかっり仰天して答えた。
「今日は何日って聞いたんだよ、ぼうや」スクルージは繰り返した。
「今日?」少年は答えた。「クリスマスに決まってるよ」
「クリスマスだ」スクルージは自分に言った。「過ぎちゃいなかったんだ。精霊たちとのことはたった一晩で起きたことだったんだ。なんでも思いのままにできるんだな。もちろんそうに違いない、もちろんだ、やあ、ぼうや」
「こんにちわ」少年は答えを返した。
「家禽商の店を知ってるかい、あの通りの一つの向こうの通りの角にある」スクルージはたずねた。
「もちろん知ってるよ」少年は答えた。
「賢いぼうやだね」スクルージは言った。「りっぱなぼうやだ。あそこにぶらさがっていた、賞をもらった七面鳥が売れたかどうか知ってるかい? 小さな七面鳥じゃないぞ、あの大きいやつだ」
「ぼくくらい大きいやつだよね」少年は聞いた。
「何と愉快なぼうやだ」スクルージは言った。「おまえと話してると楽しいよ、なあぼうや」
「まだあそこにぶらさがってるよ」少年は答えた
「そうか」スクルージは言った。「行って買ってきてくれないか」
「冗談だろ」少年は叫んだ。
「いやいや」スクルージは言った。「本気だよ。行って買ってきておくれ。それをここへ持ってくるように言ってくれ。そうしたらどこへ持って行けばいいのか伝えるから。店の人をつれておいで。そうすれば一シリングあげるよ。五分以内にもどってきたら、もう半クラウンおまけしようじゃないか」

 少年は弾丸のように駆け出していった。この半分の速さでも弾丸を飛ばすことができたら、その人は射撃の名人に違いない。
「ボブ・クラチェットのところへ持っていってやろう」スクルージは両手をこすりながら、笑いをこらえきれないようにつぶやいた。「誰が届けさせたか知らせないでおこう。ちびっこティムの二倍はあるぞ。ジョー・ミラーだってボブのところにこんなものを持っていくような冗談は思いつかないだろうな」

 送り先を書こうにも手が震えていたが、何とか書き上げた。そして通りに面したドアのところに降りていき、家禽商がくるのを待ち構えた。そこに立って到着を待っていると、ふとドアのノッカーが目にとまった。
「生きてる限りこいつを大事にしよう」スクルージは手でそれをたたきながら叫んだ。「今までよく見た事はなかったが。なんとも正直な顔つきじゃないか。すばらしいノッカーだ。さあ七面鳥がきた、ハロー、ヤッホー。ごきげんよう、メリークリスマス」

 すごい七面鳥だった。これじゃ自分の足で立つことはできなかっただろうと思うほどだ、この鳥じゃ。たとえ立ったとしてもその足は封蝋みたいにすぐにポキンと折れてしまうだろう。
「ああ、これじゃとてもカムデン・タウンまで持っていけまいな」スクルージは言った。「馬車に乗らんとな」

 こう言いながらもくすくす笑いつづけ、くすくす笑いながら七面鳥の支払いをして、くすくす笑いながら馬車の支払いをして、少年にもくすくす笑いながらお駄賃を払った。これまで以上にくすくす笑い、笑いながら息も絶え絶えに椅子にふたたび腰をかけ、くすくす笑ってとうとう泣き出した。

 相変わらず手がひどく震えていたので、ヒゲ剃りも大変だった。ヒゲ剃りにはなかなか注意が必要で、ヒゲ剃りしながら踊るなんてとんでもない。ただ今のスクルージなら、鼻の先っぽを切ったとしても、絆創膏を貼れば、それで十分満足だった。

 そしていちばんよい服を着て、通りへとでかけていった。この時間、現在のクリスマスの精霊と見た時のように、大勢の人々が通りを行き交っていた。スクルージは手を後ろに組んで、楽しそうな笑顔をうかべ、すべての人を見ていた。つまり、あまりに愉快でたまらないといった様子なので、三、四人の男が「ごきげんよう、だんなさん、メリークリスマス」と声をかけたくらいだった。スクルージは後々、それまでの経験の中でも、あれほど嬉しく心に響いたことはなかったと、たびたび語った

 それほどは歩かないうちに、自分の方にかっぷくのよい紳士が向かってくるのが目に入った。昨日事務所にたずねてきて、「スクルージ・アンド・マーレー商会ですか」と言った紳士だった。自分たちが会った時、この老紳士が自分をどんな風に見るかを考えたら、心が痛んだ。だが、スクルージは、これからの自分が進むべき道を知っていたので、ためらわなかった。
「ごきげんよう」とスクルージは歩をはやめ、紳士の両手を握りしめ声をかけた。「ごきげんいかがですかな。昨日はうまくいきましたか。どうもご親切にありがとうございました。メリークリスマス」
「スクルージさんですか」
「ええ」とスクルージは言った。「わしの名前です、あなたにとっては愉快な名前ではないでしょうな。どうか許してください。それからひとつお願いがあるのですが」とスクルージは紳士の耳へと何事かつぶやいた。
「ああ、なんと」紳士は息も絶え絶えになったかのように叫んだ。「スクルージさん、本気ですか?」
「あなたさえよければね」スクルージは答えた。「きっちりとその額です。多額の未払い分もそこには含まれていますから。そうお願いしてもよろしいですかな」
「ああ、あなた」紳士は彼の手を握って言った。「なんと申し上げてよいやら、そのように惜しみなく与えてくださるとは」
「なにも言わんでください、お願いですから」スクルージは答えた。「また訪ねてきてください。訪ねて下さいよ」
「もちろんです」老紳士は答えた。本当にそうするつもりであることは明白だった。
「ありがとう」スクルージも答えた。「本当にありがとう。何十回でも言うよ、どうもありがとう、お幸せに」

 スクルージは教会に行き、通りを歩き回り、人々が忙しそうに行き来しているのを目にし、子供の頭をなで、物乞いにも話しかけ、家々の台所をのぞきこんだり、窓を見上げたりした。そうしたことすべてが楽しかった。こうした散歩が、散歩に限らず何に対してもだが、こんなに喜びを与えてくれるものだとは、それまで夢にも思わなかった。午後、彼は甥の家の方に足を向けた。

 何十回もドアの前を行ったり来たりして、とうとう勇気をもってドアをノックした。
「ご主人は在宅かな」スクルージは応対してくれた少女に話かけた。素敵な少女だ、本当に。
「はい、います」
「どこかな、お嬢さん」スクルージは話しかけた。
「食堂にいます、奥さんもいっしょです。よければ二階にご案内しましょうか」
「ありがとう、でも知りあいだからいいよ」スクルージはそういうと食堂のとびらに手をかけた。「中に入らせてもらうよ」

 スクルージは静かにとびらをあけ、とびらの向こうに顔を滑り込ませた。二人はテーブルの方をむいていた(そこにはたくさんのご馳走がずらりと並べられていた)。こうした若い主婦は、こういうことについては、決まって神経質で、何もかもがちゃんとしていなければ気がすまないのだ。
「フレッド」スクルージは声をかけた。

 びっくりぎょうてん。甥の妻である姪の驚いたことといったら。スクルージは姪が足台に足をのせたまま、隅の椅子に腰かけていることに気付かなかった。そうでなければとつぜん声をかけるなんてことは決してしなかっただろう。
「ああ、びっくりした」フレッドは叫んだ。「誰がきたんだい」
「わしだよ、叔父のスクルージだよ。夕食をごちそうになりにきたよ。入ってもいいかい、フレッド」

 入ってもいいかだって。腕をひきちぎられなかったのが幸いとでも言おうか。スクルージは、五分と立たないうちにすっかりくつろぐことができた。これほど心のこもった歓待はまたとはなかっただろう。姪は昨日の夜見た通りで、やってきたトッパーもそのものだった。ふくよかな娘もやってきた。みなが勢ぞろいして、すばらしいパーティだった。そしてすばらしいゲーム、すばらしき仲のよさとすばらしき幸福。

 翌朝、スクルージは早くから事務所に出た。実に早い時間にスクルージは事務所にいた。事務所に早くいさえすれば、ボブ・クラチットが遅く来るところをつかまえられる。どうしてもそうしようと心に決めていた。

 そして、スクルージはそうした。ええ、そうしたのだ。時計は九時を打った。ボブは来ない。十五分たった、ボブは来ない。まるまる十八分三十秒遅れてボブはやって来た。彼が監房のような部屋に入ってくるところを見るために、スクルージはドアを大きく開けて座っていた。

 ドアをあける前にボブは帽子をぬいだ。マフラーも。すぐに椅子に座り、九時に追いつこうとするかのように、せっせとペンを走らせた。
「おはよう」スクルージはできるだけいつもの声を装って言った。「こんな時間に来るなんてどういうつもりだ」
「本当にすいません、ご主人さま」ボブは言った。「時間に遅れました」
「そうだね」スクルージは繰り返した。「そうだね、遅れたね。いいからこっちへ来たまえ」
「一年に一回のことです、ご主人さま」ボブは監房のような部屋から姿を現して嘆願した。「もう二度としません。少しばかり昨晩さわぎすぎたのです」
「いいか、はっきりいっておこう」スクルージは言った。「これ以上こういったことにはもう耐えられそうにないよ。そこでだ」スクルージは椅子から立ちあがり、ボブのチョッキをこづいたので、ボブはそれまでいた監房のような自分の仕事場へとよろめいた。「そこでだ、わしは君の給料を上げようと思うんだが」

 ボブは震え上がり、定規の方へと近づいた。一瞬、それでスクルージを殴りつけ、おさえつけておいて、路地にいる人に助けを求め、拘束衣を持ってきてもらとうと思ったのだ。
「メリークリスマス、ボブ」スクルージは彼の背中をポンとたたきながら、間違えようのない誠意をこめてそう言った。「メリークリスマス、ボブ、今までわれわれが過ごしたどのクリスマスよりずっといいクリスマスにしよう。君の給料を上げよう。それに苦しい家族についてもやれるだけのことをするようにしよう。今日の午後にでも、クリスマスのお祝いのお酒をあけながら、そのことについて詳しく話そうじゃないか。ボブ、火をもっとおこしてくれ。それから、仕事に取りかかる前に、石炭入れをもうひとつ買ってきてくれないか、ボブ・クラチェット」

 スクルージは、言葉以上のことをした。口にしたことすべてを実行したし、それ以上に多くのことをした。ちびっこティムについては、かれは死ぬことはなかったし、スクルージが第二の父親になった。その上、古き良きロンドンやその他どこの古き良き町、街、市においてもなかったような善き友人、善き主人、善き人間になった。彼の人間のかわりようを見て笑うものもいた。しかし彼は笑われるがままにしておいて、そんなことには少しも気をとめなかった。というのも、どんないいことをしようとも、はじめはこの世では笑う人がたくさんいることをよく知っていたからだ。それにそんな人たちはいずれにせよ盲目みたいなもので、スクルージが思うには、そうした人たちはあざ笑うことでいっそう額にしわをよせ醜い姿をさらしているのだった。スクルージは心の内で笑っていて、それで彼には十分なのだった。

 それからスクルージは精霊と接することはなかった。でもそれからは徹底した禁欲主義を通した。そして生きてる人のなかで、彼ほどクリスマスを心から祝うためにはどうしたらいいのかを、よく知っているものはいないとまで言われるようになった。私たちも心からそう言われますように。私たちのすべてが心からそう言われますように。そしてちびっこティムが言ったように、私たち、すべての者に、神の恵みがありますように、私たち、すべての者に。


お疲れ様でした。いかがでしたでしょうか。
私は、キリスト教徒ではありません。でも、人を思いやる心の大切さは、世界共通のものではないでしょうか。
誰も、精霊を追い返すようなことがないことを・・・。